マホウノコトバ



「綺麗だ、とても綺麗だよ」
 カイルが言った。あたしは、恥ずかしくて顔を伏せる。本当にそう思っているの?
「だって、全然似合わないよ・・・」
 小声で応える。たとえば開いた胸元には丸みが足りないし、幾重にも重なり合う薄布がそって流れ落ちる腰の曲線は幼すぎる。
「とても、似合っている。私の言葉が、信じられないか?」
 あわてて首を振る。それでも、恥ずかしくて涙がにじんでくる。
 こんな格好で、みんなの前に出るなんて。さんざめく出席者の視線が値踏みするように集まって、それからため息が聞こえるはず。
 あれが皇帝の横に座ることを許された女?
「とても、綺麗だよ。堂々としておいで」
 カイルがあたしを抱き寄せて、額にかすめるようなキスをした。
 うなずくしかない。
 もうすぐ宴は始まって、皇帝がそれに遅れるわけにはいかないから。
 カイルがあたしの手を握って、大股に歩き出す。
 小走りに後を追いながら、つないだてのひらに力を込める。
 勇気を奮い起こすための言葉を聞きたくて。



 開け放たれた窓から、低く歌が流れてくる。歌っているのは、カイル。
 贅沢で窮屈な衣装を脱ぎ捨てて、慣れた部屋着に袖をとおす。
 長い裳裾が足に絡むのは、とても居心地が悪い気がして、やっと安堵の息をつく。
 夜風に誘われるようにテラスに出てみれば、カイルがグラス片手に柱に背を預けているのが見えた。
 煌々とした月に横顔を洗いながら、まぶたを閉じて低く口ずさんでいる。
 今日は、とても機嫌がいいのね。
 月の光が前髪を銀色に輝かせ、白い横顔には青みがかった影が落ちる。
 あたしは、思わず目が離せなくなる。壊れそうに綺麗だから。
「なんだ、もう着替えたのか」
 歌が止むと、琥珀の瞳があたしを見つめた。
「うん、こっちの方がいいから」
 手招きされて、そばによると膝の上に抱き上げられる。
「似合ってたのに」
「そんなこと・・」
 瞳の色は、冴え冴えとあたしの前に透き通る。その中に閉じこめられてしまいそうで、身をすくめる。
 ふいに柔らかな視線があたしを包んだ。ふわりと身体が浮き上がった気分。
 長く整った指先が、肩の留め金を弾いた。部屋着が滑るのと同時に、夜風が肌をなぶった。
「綺麗だよ、とても綺麗だ」
 腰のまわりにまとわりついた布をカイルのてのひらが取り去る。
「・・・いままでに、こんなに綺麗なものを見たことがない」
「嘘つき・・・」
 小声で応える。月があまりに明るいので、恥ずかしさに涙がにじんでくる。
「昨日だって見ていたくせに」
「知らないのか?」
 カイルがくすりと笑った。無防備に震える胸を、温かい手が包み込む。
「おまえは、夜を越えるごとに綺麗になる・・・」
 唇が触れた場所から、甘いしびれが広がってゆく。胸を浸しはじめた熱に酔いながら、ゆっくり頭をのけぞらせる。
 月に洗われて。

 いつだって、あたしを変えるのはあなたの魔法の言葉
  
                             おわり

      

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