沐雨


 固く身を寄せあったまま、どれほどの時が流れたのだろうか。
 さっと吹き込んだ雨粒に、目を上げる。
「降ってるね・・・」
 ひりついた喉は、未だ水を渇望している。
 胸に顔を埋めたままのカイルが、深く呼吸をした。
「カイル、表に出よう」
 その髪を梳きながら、ユーリはささやく。
「雨を、感じたいの」
 背中に回された腕は、そのまま腰のあたりにすべり降りる。
 身体が浮き上がる。
「カイル・・?」
 疲労が蓄積しているはずの身体を気遣って声を上げるが、すぐに腕を広い肩にまわす。
 抱き上げられたまま、テラスに続く戸口をくぐり抜けた。
 たちまちのうちに、髪や肩や頬に激しい滴が叩きつけられる。乾いた肌が、喜びにわななく。
「いつまで、降るだろう?」
 開いた口を空に向けて、雨粒を受け止めるユーリに、声がかけられる。
「ため池が、満ちるまで」
「そう思うか?」
 視線を戻す。間近で見上げるカイルの瞳は、けぶって色が定かでない。
「そうだよ・・」
 不安を消し去るために、唇を重ねる。
「大丈夫、なにもかも上手くいくよ」
 息を継ぎながら、自身にも言い聞かせるように繰り返す。
「いつだって、結局は上手くいったじゃない」
 もう一度、口づける。受け止めたばかりの潤いが、カイルを癒せばいいと願いながら。
 肩口で、しぶきが跳ね上がる。髪が重みを増し、滴がしたたり落ち始める。
「私には・・・イシュタルがついているのだったな」
 離れた唇を惜しむように、カイルが引き寄せる。
 取り戻した潤いを確かめ、変わらない柔らかさに酔う。
 互いの息が届かぬ場所に離れることを怖れるように、なんども繰り返す。
 貼りついた衣に指がかかる。
「だめだよ・・」
「どうして?」
 疲れているから。なによりも必要なのは休息のはずだ。
 それでも、求められる物を与えたいと思う。
 言葉の代わりに、足をからめつかせる。肩に回した腕に、力を込める。
 静かに布が引き剥がされてゆく。露わになった素肌を、水滴が洗う。
 一瞬の身震いの後、覆いかぶさるように胸をなぞる息づかい。
「もう一度、聞かせてくれ」
 言葉には懇願が込められる。
 むき出しの背に、手のひらがさまよう。
 強くあるべき皇帝が、ただ無防備に見せてくれる姿が嬉しくて。
「・・・ずっと、そばにいるよ」
 よろめくのなら、手を貸そう。不安になるのなら、抱いていよう。
 他には、なにもできないけれど。
 いくつもの言葉を紡ぐより確かなこと。
 仰ぎ見た天からは、いくつもの針のように雨が落ちてくる。
 雨粒に面を洗わせながら、ユーリはカイルを感じる。
 熱が、満ちてくる。動きのたびに、しぶきが細かな霧になる。
 不安定な身体が、縋るべき場所を求める。
 膝に力がこもった。

 明日になれば、雨はあがるかも知れない。それでも、今は抱き合っていよう。
 叩きつける雨の中、ひとつになって。

「好きだよ、カイル」
 忙しく繰り返す呼吸のうちにようやく口にした言葉は、激しい雨音に紛れる。
 熱を帯びた腕が、届いたように力を増した。


                    終       

      

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