ドリブル・クッキング
窓の下で、息子達がなにやら歓声を上げている。
私は、立ち上がって覗きたくてたまらないのだが、イル・バーニが険しい顔で書類を差し出しているので、できない。
見れば、皇妃の席でユーリもまたうずうずしている。
「だめだよ、ピア!!」
「あ〜ん、兄さま、早く〜」
ああ、いったい何をしているんだ?
「いいかい?」
「うっわ〜すご〜い!!」
な、何がすごいんだ!?
「陛下」
イルが底知れぬ意地悪さを込めた声で(被害妄想だとは分かっているが)面白くもない仕事を押しつける。
「ああ、このことは・・」
麦の貯蔵については、面白くはないが重要なことだとは分かっている。
しかし。
ぱーーーんっ!!
不意に窓の外で爆発音がした。
「うわぁぁぁぁ〜〜〜〜んっ!!」
火のついたように、ピアが泣き出す。
私は弾かれたように立ち上がった。
ユーリがタブレットを突き崩しながら窓に駆け寄るのが見える。
「ピア!デイル!!」
叫ぶと同時に、小柄な姿が消えた。窓から飛び降りたのだ。
なんてことだ、ここは2階だぞ!?
私も、障害物(イル・バーニ、ともいう)を突き倒しながら、窓に走り寄る。
「ユーリっ!!」
身を乗り出せば、無事着地したらしい皇妃が、泣きじゃくるピアを抱え上げ、デイルの肩を抱き寄せている。
「誰か、お水を!!」
子供達の前には、小さな枯葉の山ができていて、白い煙を噴き上げていた。
なんだ、いったい?
「陛下・・」
咳払いがする。私はしぶしぶ窓枠から掛けていた片足を下ろした。
「皇子達の一大事だぞ、イル・バーニ?」
見下ろした限り、そうそう一大事にも見えなかったが。
「では、衛兵をお連れ下さい」
こいつ、突き倒したことを恨みに思っているのか?
それでも私は素直に衛兵に命じて、ユーリ達の所へ向かった。
「ぱーん、ってね」
ピアの言っていることは、半分も分からない。
「兄さまが・・ピアと一緒に」
話の分かるはずのデイルは、ユーリにしがみついたままだ。
小柄な身体に二人もくっつかせるのは辛いだろうと、引き剥がしやすいピアをひきとった。
「で、なにがあったんだ?」
困惑したままのユーリに話しかける。
ユーリは首を振った。
「二人でたき火をしていたようなんだけど・・・」
では、あの爆発音はなんだったんだ・・
まさか、たき火が爆発したのか?
ユーリが不意に鼻をうごめかした。
「ね、カイル・・なんか匂わない?」
「え?」
そういえば・・・なんだろう?
「なんか・・・いい匂い・・」
確かに・・・これは!!
「危ない、ユーリ!!」
私はとっさにユーリとたき火の間に割り込んだ。
ぱ〜〜〜んっ!!
爆発音。
「きゃあ、なんなの、カイル!?」
ふくらはぎに当たった熱さに顔をしかめた。
「うわあああああん!!」
またもやピアが泣き出した。
「大丈夫だよ、栗がはぜただけだ」
「く・・り?」
私は辺りを見回して、手頃な棒を見つけだすと、落ち葉の山をかき回した。
ころころころと、焦げた栗の実が転がり出す。
「栗なの!?」
目を見開いてユーリが言った。
「どうやら、殻に切り目を入れずに焼いたらしいな・・そうだろ、デイル?」
ユーリの腹に顔を埋めていたデイルが、ようやくうなずいた。
「おまえ、火傷をしたんじゃないのか?」
火傷と聞いてユーリの顔色が変わった。
デイルを引き剥がすと、かがんで顔をのぞき込む。
「火傷、したのデイル?」
おずおずとデイルがうなずくと、水瓶を持った侍女を振り返る。
「お薬を!!」
いう間にてきぱきと布をしぼって、デイルが黙って指した腕にあてる。
「まったく、デイル・・あまり心配させるものじゃないぞ・・・栗の焼き方くらい知っておくんだな」
「兄さまは、ピアのために栗を焼いてくれたの!!」
兄が叱責を受けていると知って、ピアが私の前髪をひっぱった。
「仕方がないよカイル。栗の焼き方なんて、普通知らないよ」
ユーリが、今度は私の脚を手当してくれながら言う。
・・・知らないのはおまえだけだよ、ユーリ。
だが、私はその言葉を飲み込んだ。
ユーリに調理法うんぬんを言うのは・・間違っている。
かわりに私は頭上から見下ろしているイル・バーニを無視して朗らかに言った。
「では、私が焼き方を教えてやろう。デイル、他にも拾った栗はあるんだろう?」
子供達が歓声を上げ(ピアはまだ涙をくっつけていたが)ユーリがくすくす笑った。
一瞬心臓が止まるかと思ったが、こんな天気の良い日に逃げ出す口実を与えてくれた子供達のいたずらに感謝しよう・・・。
おわり
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