たいせつ


 子供のころに、母に訊ねたことがある。
『ねえ、かあしゃま、にいしゃまとピアとどっちが好き?』
 母は、少し困ったように微笑んで、私を抱きしめた。
『二人とも、同じくらい好きよ』
 幼い私はそれでは納得できなかった。
『ピアのほうが、たくさん好き?』
 子供心にも美しかった母は、急に真顔で私を見た。
『ピアは・・・かあさまととうさまと、どっちが好き?』
 もちろん、答えられなかった。泣き出した私の髪を撫でながら、母がそっと言った言葉。
『かあさまはね、ピアやデイルのためなら命だって投げだしていいと思っているわ。でもね、かあさまの一番の大切な人は、とうさま。とうさまがいないと、かあさまは生きていけないの』
 幼い私は目を見開いて、訊ねる。
『ピアは?ピアは一番じゃないの、どうして?』
『それはね・・』
 少女のようにうっとりと、母はまぶたを閉じた。
『ピアのことを一番大切に思ってくれる人が・・・ピアが一番大切に想う人があらわれるからよ』
『それ、だあれ?』
 さあ、と母は笑う。
『いつか、ピアも分かるわ』



「私がいなければ、生きてゆけないか?」



 堅物の兄の言葉を、手を挙げて中断する。
「分かっていますよ、兄上、私は女を弄んでいるわけじゃない」
「しかし、おまえの行動は目に余る」
 若くして切れ者と評判を取り、将来を嘱望されている皇太子である兄は、咎めるように続ける。
「おまえがあちらの姫君、こちらの姫君と渡り歩いているのは、すでに噂になっている」
 国のことを何よりも想う優秀な皇太子は、国にとって都合のいい他国の姫君を正妃に迎えた。政略結婚で選ばれた相手を、たった一人の妻と決め、それなりに上手くやっているようだ。
 けれど。
「兄上、私は探しているのです」
 たった一人の姫を。父上が母上を見つけだしたように。
『私のことを一番大切に想ってくれる人、私が一番大切に想う人』
「おまえのは、屁理屈だ」
 兄が言う。私はうっすらと笑う。
「そうかも、知れませんね・・」
 たった一人だと、初めて会ったときに感じた姫が、誰かの妻になると決まっていたのなら、どうしますか。
「兄上は・・お幸せですか?」
「なにを言っている」
 私は、評判の女好きの顔をする。
「妃殿下も、お幸せでしょうに」
 
 子供の頃から、答えなどもらえなかった。
『どうして、ピアが一番好きなひとが・・ピアのこと一番に好きじゃないの?』
 子供の駄々だと思うだろうか。
 いつかは想いあう女が現れるのだと信じて。
 今は、いちばんのたいせつは、誰にも言わずにいよう。

                    おわり
          

      

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