【怪我の功名】
                            ひねもすさん


T・水の季節

ユーリは怪我をした。

水の季節の昼下がり、そよ風心地よい後宮の庭で、ユーリは、デイル、ピア、マリエ、三人の子供達と遊んでいた。
ユーリはマリエ皇女のままごとの相手をしながら、二人の息子の様子を気にしていた。
しかし、子供はじっとしていないもの。
ユーリや侍女達がちょっと目を離した隙に、いつのまにか二人は木の上で遊んでいた。

「あ、ピア危ない。!」
ユーリが気付いたときには、ピアは木から落ちそうになっていた。いいや、落ちる寸前だった。カイルがいれば風の魔力で救えるが、カイルは今、執務中だ。
母の愛か、はたまたユーリの機敏さゆえか、とっさにピアが地面に叩きつけられる前にスライディングキャッチした。但し、ピアはユーリの細い腕の中へダイブしたのではなく、細い足の上に落ちて事なきをえたのだが・・・・・・・・。
「うっ、痛〜〜〜。足が・・・、痛い・・・・」
ユーリは、なんと右足を骨折してしまった。

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皇妃、骨折の報を聞いた皇帝は元老院重要会議をほっぽいて、すぐさま皇妃の元へ駆けつけた。
「ユ−リ、大丈夫か?それとピアはどうした?母親に怪我をさせるなんて少しきつくしからなきゃダメだな。」
骨折した足を吊り上げられ、寝台に横になっているユーリの頬に優しく手を当てながら、カイルは言った。カイルにとっては、ユーリが一番。我が子であろうともユーリの怪我の原因になったのなら見過ごすことはできない。
「いいえ、ピア殿下がお悪いのではございません。私どもの手落ちにござます。責めは、幼い殿下方から目を離した私どもにございます。ユーリ様がピア殿下をお助けにならなければ、どうなっていたか・・・。どうぞ、いかなる処罰もお受けいたします。」
ハディは、平身低頭、涙ながらに謝罪した。
「ハディ達のせいじゃないよ。子供ってうろちょろするもんだもん。ピアも無事だし、あたしもたいした怪我じゃないから。ね、カイル。」
『たいした怪我じゃない』 とは思えないが、ハディ達を厳罰にする気はない。しかし、多少は責めを負ってもらわなくては、示しもつかない。
ある程度は、処罰しなくてはならない。カイルはユーリの吊り上げられた足を見て、ほんの少し、誰も気がつかない程度、口元を緩ませた。
そして、ハディ達の処罰を決めた。
「ユーリ。おまえや皇子たちを警護するのもハディ達の役目だ。その役目を果たせなかったのだから、多少なりとも処分は必要だ。」
ちょっと強い口調で言うとハディに向かって処分を下した。
「後宮女官長ハディ。一ヶ月の謹慎を申し付ける。双子達も同様だ。」
「ちょっと、カイル。何言ってるの?!そんなことしたら、私、歩けないのに困るよ。」
ユーリは非難がましく言った。侍女はたくさんいるが、身の回りのことまで心置きなく頼れるのは三姉妹くらいだ。
「誰が、あたしの着替えや食事の世話を手伝ってくれるの?」
カイルは、ニッコリ笑って言った。
「もちろん、私だよ。」

                ****

カイルはその言葉通り、かいがいしくユーリの世話をした。
今も、ユーリの包帯を替えている。
包帯を替えるだけでいいはずだが、なぜかユーリは一糸纏わぬ姿で、息が切れていた。
「ユーリ、いい子だ。もうすぐ包帯が巻き終わるよ。そうしたら、また、足を吊り上げないとな。」
「(はぁ、はぁ)、カ、カイル・・。ちょっと、もう・・・」
「さあ、巻き終わったよ。痛くないように吊り上げてあげるから安心おし。吊り上げれば包帯は解けないよ。でも、もし解けたら・・・」
「ちょっと、カイル、カ、カイル、あっ!」
「また巻きなおしてあげるからな。」
「あっ、う・・・・・ん」

カイルは幸せな日々を過ごしていた。

                ****

ユーリの怪我は当然、側近達にも影響を与えた。

王宮も後宮も静かになったのである。
心も体も満たされている皇帝は、きっちり政務に励み(ユーリが脱走する心配もないので安心して政務ができたのだ)、イルは残業する必要もなく、キックリは切れるイルを宥める必要がないため、これまた助かっていた。
三隊長も近衛副長官も『ユーリ脱走捜索』という、職務とは何の関係もない仕事をしなくてすんで、本来の職務である軍事に専念できた。
近衛副長官も、ユーリの近衛長官職は今ではお飾り的な意味合いしかないため、仕事に支障はなかった。ただ、やはり彼はユーリの顔を見れないのが寂しかったが・・・。

後宮も静かであった。
宮廷女官長が謹慎中なため、少々、まとまりは悪かったが、仕事はスムースに進んでいた。皇子達も今回のことで父に怒られ大人しくなり、幼い皇女も母が心配らしく一人で大人しく遊んでいた。だが一番楽なのは、ユーリの脱走に目を光らせなくてよい点であった。
残業もなくなった側近達は、いつも少々犠牲にしている家族との幸せな時間を過ごすことができた。


しかし、幸せなときは長くは続かない・・・・・。
一ヶ月たち、ユーリは元気一杯になった。
骨折が治ったのである。
ハディ達の謹慎も解け、いつもの日々が戻ってきた。


U・火の季節

ユーリが骨折してから三ヵ月後の燃えるような火の季節。
ユーリは夏ばて気味であった。

「ユーリ様、お顔の色が優れませんが、大丈夫ですか?」
昼食の用意を整え皇帝を待つ間、ハディはユーリに心配そうに尋ねたが、そう言うハディも元気がない。
「うん、ちょっと夏ばてしたみたい。食欲なくて」
「今年の夏は猛暑でございますから。でも、少しでもたくさん召し上がって体力をつけてくださいませ。」
「うん、ありがとう。でも、ハディも顔色が良くないよ。大丈夫?」
「実は私も少々、夏ばてなんです。食欲がなくて、少しだるくて。」
「ハディも?気をつけなくちゃ。双子達は大丈夫?」
「はい。私達も少し・・・。立ちくらみが時々するんです。」
「なにか、また疫病が流行りだしたのかな?あたし達感染しちゃったのかな?!」
心配げにユーリがハディに言った。
「まさか!そんな報告はどこからも聞いておりませんが。あんた達は?」
ハディは双子達に向かって、問い直した。
「ううん、姉さん。聞いてないけど。シャラは?」
「私もそんな噂きいてない・・・」
 ユーリ達4人が困惑していると、午前の政務を終え、皇帝を筆頭に、イル・バーニ、キックリ、カッシュ、ルサファ、シュバス達側近が昼食の間に現れた。
「どうした、ユーリ?心配事でもあるのか?」
愛妃のちょっとした変化も見過ごさない皇帝は、すぐに尋ねた。
「ううん。ちょっと三姉妹もあたしも夏ばて気味なだけ。食欲ないし、だるいし。なんかまた、疫病が流行り始めたのかと思って心配してたの。でも、そんな報告はないんでしょ?」
「ああ、ないはずだ。そうだな、イル?」
「はい。どの都市からも、そのような報告は受けておりません。」
イル・バーニはカイルにそう言うと、妻ハディにちょっと心配そうな視線を向けた。
「だが、急いで侍医に見てもらったほうがいいな」
「大丈夫だよ。疫病が流行っていないなら、ただの夏ばてだよ。」
大げさにしたくないユーリが慌てて言うと、いつもは控えめなシュバスが珍しく口を挟んだ。
「いいえ、ユーリ様。実は、私の妻も、最近食欲がなく、だるいと申しておりました。もしかしたら、何か病気が流行り始めているのかもしれません。」
半年前に結婚したばかりのシュバスは新妻のことを心配して顔色が変わってしまった。
「そういえば、私の妻もそう言っておりました。」
皇帝の世話で、半強制的に結婚したルサファであったが、これが結構上手くいっているらしく(でも、まだ女神を心から振り払うことはできないのだが)、心配げな顔をしながら言った。
「やはり、すぐに侍医を手配したほうがよいな。カッシュ、侍医を呼ぶように手配を」
「はっ、かしこまりました。」
側近唯一の独身カッシュが侍医を呼びに部屋を出て行こうとすると、ホクホク顔のミッタンナムワが入ってきた。
「遅くなって申し訳ございません。妻を医師の元へ連れて行ってたもので。」
「えっ?!」
皆の視線がミッタンナムワに集中した。
「ミッタンナムワの奥さんも具合が悪いの?やっぱり疫病が流行り始めたのかな?」
さすがのユーリも心配になってしまった。
「え?いいえ、ちがいますよ!」
ミッタンナムワは顔を(頭も)真っ赤にして照れくさそうに言った。
「妻が妊娠したんです。こないだから、食欲がなくて、だるいって言ってたんですよね。大体三ヶ月目だそうです。ちょうど、ユーリ様が骨折なさった頃ですね。あの頃は残業がなかったので、帰りが早かったんですよ。ははは(///////)。」

皇帝夫妻は顔を見合わせた。
イルとハディは、何か必死で思い出しているようだ。
双子は、二人で頷き、キックリは目が点になった。
ルサファは、明らかに混乱して呆然としていた。
シュバスは慌ててその場を下がり、妻のもとへ。
ミッタンナムワは彼らを見てちょっと不思議そうな顔をした。

そんな様子をカッシュだけはニマニマしながら眺めていた。


V・地の季節

雪降るハットゥサの地の季節。
『ユーリが怪我をすると、ヒッタイトの人口が増える。』
そんな教訓が生まれた。

       

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