チュアブル・クッキング



 デイルは親の私が言うのもなんだが、優れた子供だと思う。
 今日も抱っこをしていると、私の顔を見てにこにこわらう。
「あ〜デイルくんはいいこでちゅね〜」
 私が言うと、手を伸ばして私の首飾りを掴んだ。
「これがほちいんでちゅか〜」
「あ〜あ〜」
 ほらみろ!!会話が成り立っている。この子は大人の言うことを理解しているのだ。
「ん〜じゃあ、あげます〜」
 手に持たせると、ぶんぶん振り回す。おお、なんと元気がいいのだ!?
「あのさあ、カイル」
 デイルの着物をたたみながら、ユーリが話しかけてくる。
 デイルは汗っかきなので、頻繁に着替えさせないといけないのだ。
「そろそろ・・さ、良いんじゃないかな?」
 私は、デイルが振り回す首飾りがばしばしと顔に当たるのも気にせずユーリを見た。
「そろそろって・・」
 ごくりとつばを飲む。
「ああ、もちろん、構わないよ」
 苦節○年(大げさ)、思えばデイルはかわいいが、出産からこの方ずっと我慢してきたのだ。私は激しくうなずいた。
「大賛成だな」
「・・・早くない?」
「とんでもない!!」
 デイルが生まれたのが4ヶ月前、いやそろそろ5ヶ月になる。その間、私たちの間には・・・なかった。
 ユーリの身体を思えばそれくらいなんのことはないが、やっぱり夫婦というのは互いを確かめ合ってこそ・・
「あたし、頑張るね」
 おまえは頑張らなくてもいいよ、すべて私に任せておけば・・
 妙に真剣な表情のユーリを優しく見つめる。
 出産後のユーリは、滑らかな肌がさらに透き通るようで、ますます美しい。
「リュイや、シャラに聞いたのよね、いろいろ」
 ・・・・?
 なにを、だ?
「離乳食って、意外に簡単だって言うし・・」
 リニュウショク。
 それは・・つまり、赤ん坊が乳離れして食べる、あの歯ごたえのないぐちゃぐちゃの食料か?
「デイルはね、時々あたしたちの食べ物に手を伸ばすでしょ?だから」
 デイルが離乳食を?それは、そうだろう。いつまでも乳ばかり飲んでいるわけにもいかないし。
 しかし・・・ユーリが・・まさか。
「作る・・のか?」
 ユーリはぱっと頬を染めた。とてもかわいい。
「うん・・皇妃がする事じゃないって分かるけど、やっぱり自分の子供は自分の手で育てたいの」
 ユーリの気持ちは、よく分かる。
 私だって、こんなにかわいい我が子を歴代の皇帝はなぜ他人に預けたまま平気だったのか不思議に思っていたところだ。
 だがしかし!!
 ユーリが離乳食を作って、デイルに食べさせる、だと?
「・・だめだ・・」
「え?」
 私は、うっかり我を忘れて叫んでいた。
「だめだだめだだめだだめだだめだだめだ!!」
 大声に驚いたデイルが、泣き出した。
「カ、カイル!?」
 目を丸くしてユーリが見ている。
「お〜よちよち、驚きまちたか〜怖くありまちぇんよ〜」
 デイルをあやしながらも、私は首を振った。
「ダメだ、ユーリ、そんなことは・・」
「・・どうして・・」
 それは、おまえの作ったものを食べたらデイルが身体を壊すことは見えているからさ。
 とは、私は言わなかった。
 言えなかった。
 ユーリの瞳に涙が盛り上がって、たちまち頬を滑り出す。
「どうして、だめなの?」
 ああああ、泣かせてしまった。
 ぐずついているデイルと、涙を流しているユーリと。
 前門の虎、後門の狼。ちょっと違うな。  
 私は、焦りながら頭をフル回転させる。
「・・・と、とにかく、おまえはまだ慣れていない」
「誰だって、最初は初めてだよ」
 う〜ん、正しい。
「しかし、デイルは男の子だ。男の子というのは、腸が弱いものだ・・・だから」
 ここのところ、ユーリがデイルにかかりっきりで逃れていたことに、私は再び向き合わなければならなかった。
 仕方あるまい、これも愛する妻と我が子のためだ。
「とりあえず、おまえの作った離乳食を私が食べて確かめよう。デイルに与えるのは、それからだ、いいな?」
 ユーリはまつげをしばたかせた。
「・・でも、デイルはすぐに大きくなっちゃうんだよ?離乳食だって食べなくなるし」
「大丈夫だよ、私が良いと言えば、すぐにデイルに食べさせるのだから」
 追いつめられた私が考えたプランとは、こうだ。
 まず、秘密台所を作る。ユーリが『離乳食』を作って私の所に持ってくるとすぐに秘密台所に『離乳食』の一部を運ぶ。私がなんやかやとひきのばしつつ試食している間に、秘密調理員が見た目はそっくりな滋養のある無害な『離乳食』を作成し、子供室に運ぶ途中ですりかえる。
 完璧だ。
「・・だって」
 なにやらユーリは不満そうだったが、私は手招きをして引き寄せた。
「おまえがデイルを愛しく思っているくらい、私もデイルを思っているのだよ・・・『離乳食』作りに関わらせてくれたっていいだろう?」
 おお、なんだかさまになったぞ。
「・・うん・・」
 母親が手の届くところに来たため機嫌の直ったデイルが、首飾りを再び振り回した。
 それはすっぽりとユーリの首にかかった。
「ほら、デイルも賛成している」
「あ〜〜」
 同意するようにデイルが声を上げると、ユーリもようやく笑顔になった。
 手を伸ばしたデイルを渡すと、私は二人まとめて腕の中に抱き込んだ。
 かわいいユーリ、かわいいデイル。
 私は幸せ者だ。『離乳食』は食べないといけないが。
 ああ、そうだ、大切なことを忘れていた。
「ところで、ユーリ。デイルももう大きくなったことだし・・そろそろ、私に返してくれてもいいだろう?」
 そっと(今だけ)張りのある胸元に手をさしこむ。
 ユーリが恥ずかしそうに顔を伏せる。
 私の指が柔らかな感触を楽しもうと動き始めた時、いきなりデイルが私の腕に噛みついた。
「うっ」
 歯はまだ生えていない、が驚いた。
「ぶ〜〜」
 こいつ、やっぱり・・。
 賢い息子を持つと親は苦労する・・・。


           おわり

    

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