月下の孤独
by yukiさん
風の中に花が薫る。
季節は確実に移りゆく。
ユーリが帝国に来てから三度目の春。
「陛下。最近お疲れのようですが大丈夫ですか?」
「…。ああ、キックリ。私はぼんやりしていたようだな。
さすがに帝位に就いてからはなかなかゆっくりできないからな」
「陛下…」
キックリは心配気に顔をくもらせる。ごまかしても分かっているのだろう。
「今日は早めに休むとしようか。着替える間にワインの用意をしてくれ」
「はい、ただいま」
最近はワインを飲まないと深い眠りにつくことができない。以前はそんなことをしなくてもユーリを腕に抱いていればよく眠れた。
私は帝国最高位を手に入れ、望んで叶わぬものなどないはずなのに…。
「陛下、お休み前のワインはこちらでよろしいですか?」
「ああ、ありがとうキックリ」
「夜の風が暖かくなってきたとはいえあまり夜風にあたってはお体に障ります。
あまりお体を冷やさないようになさってくださいね」
「体調など崩すようなことはしないよ。おやすみ」
キックリが一礼して退室する。私はひとつ深いため息をして寝椅子に腰掛け夜空を眺める。
あの晩もこんな夜だった。
花の香りに心狂わせユーリを求めた。しかし、自分を見失った状態ではユーリを得ることは叶わず、あれ以来ユーリの笑顔は目に見えて減ってしまった。
キズつけたかったわけじゃなかった。ただ、どうしよもなくユーリを自分のものにしたかった。もう
すぐ手放さなければいけないと頭では分かっていても認めたくなかった。
皇帝になったというのに私のたったひとつの望みすら叶いそうにない。
ユーリを生涯この腕の中へ
それが叶わぬなら残された全ての時間を共に
即位以来寝所は別室になった。宮では毎晩この腕の中にあのぬくもりがあったというのに。
「イシュタルが規則をやぶっちゃマズいでしょ」
ユーリはそう言って後宮に部屋を持つことを承諾した。
あの時だって私がひとこと言えばそんなことにはならなかったかもしれない。
「ユーリはイシュタルが昇れば自分の国に還る。
それまでは私と同室でかまわぬ。
ユーリが帝国にいる残りの僅かな時間に後宮に姫君を迎えるつもりもない」
そうひとこと言えばよかったのだろう。
だが、今更そんなことを考えてもどうなるというのだろう。
イシュタルが昇ればユーリはいなくなる。
月光がこの身を刺すように冷ややに降り注ぐ。
ユーリが望むのなら還してやろう。
私が誰よりも愛した娘。
おまえの望みなら叶えてやろう。
たとえこの心が壊れてしまっても。
END
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