これは、チャットにて「サイボーグザナンザとお魚が出会ったら」という話題になったので、書いてみたモノです。マリリンさんの「お魚」シリーズとは・・関係ないかも。
邂逅
「ととまゆ〜」
ピア皇子の呼ぶ声がする。おれはゆっくりと水面に向かった。
まあ、人間のいいなりになることもないがな、ピア皇子は・・特別だ。
皇子は誰かの腕につかまって身を乗り出している。
よく池に転がり落ちるもんで、一人で池に近づくことを禁じられているらしい。
「あのね、ピアのおじちゃまだよ」
皇子はそう言うと、脇の人物を紹介した。
「ザナンザおじちゃまは、とおさまの弟なの」
そうか、道理であの大人げのない皇帝に似ていると思った。
「おじちゃま、ととまゆだよ」
「はじめまして、ととまゆ」
おっと、なかなか礼儀正しいな、あの皇帝の弟にしては。
「違うよ、ととまゆ」
「・・・ととまゆ?」
ピア皇子は、一生懸命に説明しているのだが、まあ無理だろうな。おれの正しい名前は皇太子か皇妃にでも聞いてくれ。
おれは、よろしくな、のかわりにしっぽで水をはねあげた。
「あっ!!」
言うと、ザナンザおじさんとやらは、飛びのいた。
こいつ、水が嫌いなのか?
「おじちゃま、どうしたの?」
「おじさんはね・・水がかかると錆びてしまうんだ」
ザナンザおじさんは、それはそれは寂しそうに言った。
・・・錆びるって、人間が、か?
「ダメだよ、ととまゆ、メッ!!」
なんてこった、ピア皇子がおれにメッをした。
おれは何とも悲しい気分になった。いまさらながら皇帝の気持ちが分かるな・・
「ピア皇子、いいのですよ。ととまゆは私が水に弱いなんて知らなかったんですから」
おっと、このザナンザおじさんはけっこう良いヤツじゃないか。
おれの名前はとと丸だけどな。
「ととまゆも、気を悪くしたかい?済まないな」
いいってことよ。
そんなこんなで、おれはザナンザおじさんにそう悪くはない印象を持った。
ところで、ザナンザおじさんは、暗い。
あのにぎやかな皇帝一家と本当に血が繋がっているのかと思うほどに、暗い。
皇帝には他に兄弟がいて、それぞれに紹介してもらったことはあるが(もちろんピア皇子にだ)、暗いヤツなんていなかった。
なぜ、こんなにも暗いんだろう。
ほら、今も池の側で一人でため息をついている。
悩みがあるなら、おれが相談に乗るぜ?
「ありがとう、とと丸」
ザナンザはおじさんは寂しそうに笑った。
「相談に乗ってくれるのか?」
さっきから、そのつもりだけどな。
「しかし、私の悩みは、相談したからと言ってどうなるものでもないのだよ」
ザナンザおじさんはそう言うと黙り込んだ。おれは仕方なしに、適当にゆらゆら泳ぎ回っていた。
おじさんはずいぶん長い間黙っていたが、やがて不意に胸をはだけ始めた。
おいおい、なんのつもりだい?泳ぐ気なのか?錆びるぞ。
「ごらん、とと丸。私の胸にはボタンがある」
・・・確かにあるな。ほう、初めて見た。おかしなモノを付けた人間だな。
「このボタンを押すとね、私は・・・光るんだ」
そう言うと、ザナンザおじさんは本当に光り始めた。昼間だからそんなに目立たなかったが。
「私が辛いのがなぜか、分かるだろう?」
さっぱり分からない。
いったい、このザナンザおじさんは何を悩んでいるんだろう?光が弱いのを悲しんでいるのか?
言っちゃあなんだが、ホタルイカよりはよっぽど立派に光ってるし、アンコウよりも全身光るあたり、たいしたもんだぜ?
ザナンザおじさんは悲しげにため息をついた。
「慰めてくれるんだね、とと丸」
おれは、なにも言ってないけどな。
その時だった。
「おじちゃま〜〜」
おっと、ピア皇子だ。
皇子はころころと駆け寄ってくる。
「ととまゆとお話ししてたの?」
「そうですよ」
ザナンザ皇子は穏やかな笑みを浮かべた。
皇帝の子供達の中で、ピア皇子だけが皇帝と同じ髪の色をしていて、顔つきはザナンザおじさんに似ていた。
「ピアもととまゆとお話をするの」
皇子はそう言うと身を乗り出した。
「あのね、ととまゆ」
言った次の瞬間。
皇子はころりと転がり、水の中に転落した。
派手に水しぶきがあがる。
「ピア皇子!!」
おじさんはちょうど服を直していて、ピア皇子を掴まえていなかったのだ。
「あ〜〜〜ん」
ピア皇子はもがいた。
池は深くて、ちびっこの皇子では足が立たない。
ザナンザおじさんが凍り付くのが見えた。他の大人なら、腕を伸ばして皇子をすくい上げることができただろう。
けれど、おじさんは水に濡れると錆びてしまうのだ。
やばいぞ!!
おれは慌ててピア皇子の身体をつついた。なんとかして岸辺に押しもどさなくては。
幸いにして、おれの身体は大きい。小さな暴れるピア皇子をようやくザナンザおじさんのほうに押しやる。
おじさんは意を決したように、水に腕を差し入れると、ピア皇子を助け上げた。
「ピア、ピア!大丈夫ですか!!」
激しくせき込みながら、ピア皇子はザナンザおじさんにしがみついた。
胸のボタンが押されたのだろう、おじさんの身体が光り始める。
泣き出したピア皇子を、おじさんは抱きしめた。
おじさんの服が、みるみるうちに濡れていく。
「ああ〜〜〜ん!ああ〜〜ん!!」
皇子の髪を撫でていたおじさんの腕がゆっくりと動かなくなった。こころなしか、光も弱まりつつある。
どうしたんだ?
泣き声を聞きつけた女官や侍従達が走り寄ってくる。
「ああ、ザナンザさま!?」
しがみついているピア皇子が抱き上げられる。
皇帝が走ってくるのが見えた。
「ピア!池に落ちたのか!?」
そして、皇帝はもっと大声で叫んだ。
「ザナンザ!こんなに濡れて!!故障してしまうぞ!!」
その時には・・・おじさんは動かなくなっていた。
「とと丸?とと丸がまたピアを引っ張ったのか!?」
皇帝は怒りに満ちた目でおれを見た。
あのなあ、ここには釣り竿もタモ網もないぜ?どうやって引っ張るっていうんだ?
「・・・ちがう・・・」
かすれた声がした。
腕をピア皇子の形のまま固定して、ザナンザおじさんが弱々しい声で言った。
「とと丸は・・・助けてくれたんです」
それから、ザナンザおじさんは完全に停止した。
「とと丸」
呼ぶ声がする。
おれは、水面までゆらゆらと浮き上がった。
そこには、ザナンザおじさんが、たった一人でいた。
よう、元気になったのか?
おれが挨拶代わりに鱗をきらめかせると、ピア皇子によく似た瞳が微笑んだ。
「兄上の怒りもとけたようですね」
あんたのおかげでな。
「あの時は、本当にありがとう。私一人ではピア皇子を助けることはできなかった」
いいってことよ。ピア皇子は大切な友人だからな。
ザナンザおじさんはよく見れば旅支度だった。
「私は、旅立ちます」
行っちまうのかい?
「また、戻ってきますよ」
おじさんはそう言うと、本当ににこやかな顔をした。
「私を作った死神博士の所に行って、防水加工をしてもらうつもりです」
防水加工?なんだ、そりゃ?
「帰ってきたら、水遊びだってできるようになりますよ」
・・・そうなのか?それは、めでたいな。
おれは、ピア皇子とザナンザおじさんが陽気に水を掛け合っている姿を思い描いた。
「ですから、お別れは言いません」
分かってるさ。
男には旅立たないといけない時がある。
ザナンザおじさんが立ち上がる。くるりと背を向けると歩き出す。
おれはしっぽで思いっきり水をはね上げた。
あばよ、ザナンザ。
次にあったときは、防水加工だな。
おれは、防水されていない最後のザナンザの姿を見送った。
あ、忘れてた。
光るときも色を変えられるようにしてもらえって。
ま、いいか。
おわり
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