『書簡』

        by 仁俊さん


 

<第1の書簡>

 私が自分の恋心をハッキリ自覚したのはベイジェルでした。
 あの方の唄われる恋歌に、魅せられてしまったのかもしれません。
 (一体、どなたを思い浮かべて唄っていらっしゃる事やら)
 それが気になって仕方がなかったのです。
 何度も思わせぶりな態度を見せて置きながら、私に触れようともしない人。
 そりゃあ欲望処理の相手には事欠かないでしょうけど!

   今日は記念日
   あの方が私の髪に触れた記念日
   濡れてしまった髪どめ
   新しく贈って下さった髪どめ
   どちらも大切な宝物

 『ルサファの介護をお前がやる事は無い』
  突然の言葉
  あれってヤキモチ?
  だったらいいな

    陛下がハットゥサからあの方を呼び寄せられた
    明日、一緒にエジプトに旅立つ
    ユーリ様が大変な時に喜ぶなんて、不謹慎な私
    でも暫らくは、ずっと一緒

 以前の日記には、小さな事で一喜一憂している無邪気な私がいます。
 あの人と肌を重ねてから、私は物憂げな女になりました。

   あの人は私の事を、どう思っているのだろう
   都合の良い女
   世話好きな女
   おせっかいな女
   そして、欲望処理の為の女?

    あの人の心が見えない
    あの人の心の声が聞こえない
    私は、どうすればいいの?
    このままでいればいいの?
    いつまで、このままでいられるの?

 さっさと訊けば良かったですね。
 「私の事、どう思っていらっしゃいますか?」って。
 でも、怖くて訊けなかったのです。
 身分違いの恋ですもの。
 愛の言葉ひとつ「欲しい」とは言えませんでした。

   あの人が唄う恋歌
   私の為の恋歌
   他の誰でもない
   私だけの為の恋歌

 私の事を『アリンナの戦姫』と呼んでくれました。
 『初恋の君』とも。
 けど多分、それは嘘。
 本当の初恋はヒンティ皇妃様だと思います。
 でも良いのです。
 それでも私は嬉しかった。

   あの人は不器用な人
   けれども本当は誠実な人
   そしてかなりの照れ屋さん
   私だけが知るあの人

 私、のろけていますか?
 でも、コトの成り行きを書けと仰ったのはユーリ様ですよ。
 私と彼を結びつけて下さったお礼に、包み隠さず書きました。
 これからも一生懸けてお仕え致します。

 敬愛してやまない皇妃様へ。

                           ハディより。

 


  <第2の書簡>

 最初に『おや?』と思ったのは皇帝陛下の即位直後。
 ユーリ様の寝室での騒ぎの時のハディの行動だ。
 あの時まで帝国中の貴族の中でさえ、皇帝陛下に苦言申し上げる事のできる者
は私以外にいなかった。
 それを平民出身の女官であるハディがやってのけたのだ。
 何という勇気、何という忠誠心。
 そうまでしてユーリ様の心を守ろうとするハディに、私は目を見張る思いだった。
 あの時初めて私は人間としてのハディを意識したのだ。

 次はアルザワとエジプトが同時侵攻して来た頃の事。
 ユーリ様の為なら死をも厭わぬ三姉妹が、当のユーリ様に嫌われたと言ってベソ
をかいていた。
 女が泣くのは別に珍しい事ではない。
 だが、ハディの涙は何故か私の目に新鮮に映った。

 ユーリ様が出て来られた例の泉をナキア皇太后が壊して埋めようとしていた時、
ある意味誰よりもユーリ様に留まって欲しいと願っていたはずのハディが日本へ
の帰国の手だてを講じて、こう言った。
 「ユーリ様がずっと悩んでいらしたのは存じておりました。ユーリ様は明るく笑って
いらしてこそユーリ様。私たちはユーリ様がお決めになった事に従います」
と。
 ハディのその言葉に、私は反論できなかった。
 ある意味、感動していた。
 この娘の心に、感動していた。

 細かい事は、わからない。
 とにかく、これ以降私にとってハディは特別な存在になった。
 我が母とヒンティ皇妃、ユーリ様、ウルスラ、そしてハディ。
 これまでの人生の中で私に感銘を与えた女性は、たったこれだけだ。
 これからも、そう多くはないハズだ。
 そして、それと意識するまでもなく愛するようになった。
 私はハディを人間として尊敬しているし、女として愛している。
 もう、これくらい書けば良かろう?

 タロスよ。

 お前の長女を私にくれ。
 きっと大切にする。
 私の生涯を懸けても良い。
 良い返事を待っているぞ。

 ヒッタイト帝国書記官長イル=バーニより
                ハッティ族の長、タロスへ



 


(完)
     

     

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