『愛妻物語』

                       by仁俊さん

私は“ヒッタイト帝国の頭脳”イル・バーニ。
近頃気になる事がある。
帝国を支えるもう一人の柱石である妻、ハディの様子が最近おかしいのだ。
妙に明るく、浮き立っている感じで、時折“フフッ”とか含み笑いをしたりする。
確かに今は水の季節。
ユーリ様曰く“心も浮き立つ春”なのだが。

以前から似たような事はあった。
就寝前のひととき、髪を解いて唄う私の姿をぼんやり眺めながら、何とも言えない柔和な表情で微笑む。
それは日頃の、少し思いつめたような顔で私に注がれる眼差しとは別種の輝きに満ちている。
やわらかな光の下で見る妻は時折、ハッとするほど美しい。
その幻想的な情景は私の歌声をさらなる高みへと導く。
何気ない仕草に誘われて楽器を傍らに置き、その場でハディを押し倒した事も少なくない。
心と身体を1つに合わせて夫婦和合の曲を奏でる。
内なる変化に戸惑いながら妻が洩らす控え目な歓びの声が、私にとっては至上の音楽だ。
ん?・・・新婚の男女が仲良くしていて、悪い事はあるまい。
妻の方も歓迎してくれている事ではあるし。

話が逸れた。

今までならば寝酒のワインを飲みながらくつろいでいる時以外には見せなかった華やぎが、近頃のハディには一日中感じられるのだ。
「最近のハデりんは、ご機嫌ですな。旦那に随分と可愛がって貰っていると見える」
「堅物とばかり思っておりましたが、ああ見えてイルりゅんも、なかなかの凄腕なのでしょう。何しろ、あの陛下の右腕と目される男なのですからな。ハッハッハ」
などという声も、宮中のあちらこちらから聞こえてくる。
もともとハディはイロイロと気を使いすぎるところがあって、逆に私をイラつかせることもあったのだが、最近は程度を心得たのか、それもそんなに気にならないレベルになってきた。
舅のタロスが頻繁に様子を見に来るのも、貴族の家に嫁いで気苦労の多い娘を心配しての事らしいのだが・・・このひと月近くは全く姿を見せていない。
ようやく舅殿も安心したという事か。
“見かけによらぬ好きモノ”の評判は有難くないが、こういう効果があるのなら放置しても良かろう。

久し振りの休日。
うららかな春の昼下がり・・・は良いのだが、仕事の能率はイマイチ良くない。
明日の会議に必要な文書を準備しているうちに眠くなった私は、ついうたたねをしてしまったらしい。
気が付くと、上掛けのようなものが肩に掛けられていた。
身体を冷やさないように、との妻の心配りであろうか。
しかし、当の妻は一体何処に・・・?

ハディは衣裳部屋にいた。
だが何やらコソコソしていて様子がおかしい。
私は声を掛けるのをやめて、しばらく観察することにした。
すると妻は衣装箱の1つから布に包まれた何かを大事そうに取り出したではないか。
その小さな包みを解き、中を覗き込むようにして顔を近づけ、眺めたまま悦に入っている。
まわりの布が邪魔で、残念ながら私の方からは、それが何なのか見分ける事は出来ない。

「ふふっ。し・あ・わ・せ」
などと呟くハディ。
それを聞いて、私は疑問に思った。
(何が『し・あ・わ・せ』なのだろうか?)
彼女は確かに、きらびやかな装身具や上等な細工物の類を嫌いではない。
しかし私の知る限り、どれ程高価なモノを買い与えた時でも、妻があのような様子を見せた事は無い。
第一、それほどの宝物を衣装箱などに入れて置くというのは不自然ではないか?
(一体アレは何なのか!?)
思わず身を乗り出した私に、妻が気付いた。

「ひゃあっ!・・・お、お目覚めでしたか。で、では何か飲み物を」
慌てて包みを背後に置き、跳ねるように立ち上がって私の視線をさえぎろうとするハディ。
ものすごく怪しいぞ。
私に見られたくない“何か”を隠そうとしているに違いない。
「それは、あとで良い。それよりも、何をあわてておるのだ?」
首を伸ばして覗こうとする私と、その私を部屋の外に押し出そうとするハディ。
「べっ、別に・・・い、今ここは取り散らかっておりますゆえ、旦那様には見苦しいかと」
妻の言葉に反して部屋の中は整然と片付いており、開けられている衣装箱は1つだけだ。
箱から外に出ているのも、例の包み1つだけ。
「そなたの言い訳の方が苦しそうだな」
私はハディを強引に押しのける事に決めた。
武術では敵わないが、単純に押し合うだけなら私の方に分があるのだ。
「ああっ、駄目です・・・見ちゃダメぇっ!」

勝った、と思ったのだがハディは素早く身をひるがえし、先回りして先程の包みを拾い上げ、しっかりと懐に抱え込んでしまった。
(子供じゃあるまいし・・・)
さて、どうしたものかと思って足元に目を遣ると、開けられたままの箱の中には見覚えのある衣装が丁寧に形を整えられて入っているのが見えた。
「これは・・・結婚式の時に着た衣装ではないか!?」
私と結婚できた事が余程嬉しかったのか、最初のひと月もの間、ハディは寝室にその衣装を飾っていた。
(そんなハディが花嫁衣装と同じ箱の中に入れて置きそうなモノ、と言ったら・・・)

何だか、すごくイヤな予感がする。
だが、そんな筈は無い。
アレはハディの持ち物ではないのだから。
けれどもイヤな予感は黒い雨雲のように、あっという間に私の心を埋め尽くしてしまっていた。
確かめねば、なるまい。

「ハディ、まさかそれは・・・」
ピクリと反応した妻の表情。
これは、もう間違いあるまい。

「あ、あの・・・。怒っていらっしゃいますか?」
沈黙している私の表情から、彼女も何かを読み取ったらしい。
なおも様子を窺いながら、胸に抱えていた包みを、おずおずと差し出す。

布を取り払って出てきたのは、どこにでもあるような粘土板。
刻まれた文字には、どこか見慣れたクセが感じられた。
それどころか、文面さえも見覚えがある。
当たり前だ!
これは私の手で刻んだ文字。
私自身が結婚前、やがて舅となるであろうタロスに宛てて送った書簡なのだから。

「何故、こんなモノをお前が?」
訊くまでもない事だった。
が、私は訊かずにはいられなかった。
妻が申し訳無さそうに答える。
「父が『もうすぐ結婚1周年になるお祝いだ』と言って、お守り代わりに私へ・・・」
先月タロスが様子を見にやってきた時にでも置いていったのであろう。

タロスよ。
娘を想うお前の気持ちは解らないでもない。
だが、この書簡を妻に見られたと知った時の、私の気持ちも考えて欲しかった・・・。
『頑固ジジイほど娘には甘い』とは、よく言ったものだな。
この場を一体どうしろと言うのだ!

途方に暮れていても仕様が無い。
「ハディ」
深呼吸の後、私は妻の名を厳かに呼んだ。
「は、はいっ!」
叱り付けられると思ったのか、彼女は縮み上がって返事をした。
その様子を可愛らしく思いながらも、私は言うべき言葉を口にする。
「ここに書いた私の言葉に偽りは無い」
「へっ?・・・ほ、本当ですか!?」
私の言葉が意外だったのか、一度丸くした瞳を喜びで、さらに大きく見開くハディ。
その仕草は、まるで童女のようだ。
「こんな事で嘘を言っても仕方あるまい」
私は開き直る事にした。

嬉しそうに抱きついてくる無邪気なハディ。
その身体をしっかりと抱きとめ、しばしの間抱擁を愉しんでから、おもむろに肩に担ぎ上げる。
お姫様抱っこも良いのだが、それでは逃げられてしまう可能性があるのだ。
「な、何をなさるのですか!?」
慌ててもがく妻の両ひざを片方の腕でまとめて押さえつけ、もう一方の掌で豊かな曲線を描く臀部に警告の意味を込めた一撃を与える。
「ひっ」
小さな悲鳴を上げて、彼女は動きを止めた。
驚いただけでダメージは無いはずだ。
痛いのは、むしろ私の手の方だ。
そんな事はおくびにも出さず、無機質な口調でポツリとひと言。
「だが、隠し事をしたバツは・・・受けてもらわねば、な」

ワザと発した冷たい声に、再度震え上がるハディ。
素直な反応が、たまらなく愛しい。
妙におとなしくなった妻を、まだ明るいであろう寝室に運ぶ途中で、もうひと言。
「心配するな。美しいお前の身体に傷が残るようなヘマはしない」
(フフフ・・・)
愛しているぞ、ハディ?





              (終)

      

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