ぷりんさん奥にて13000番のキリ番ゲットのリクエストは、「色っぽいザナンザ」。かなり・・難しいです。


逃げ月


 このまま あなたをつれて 逃げてしまおうか


「なにを見てるの?」
 かけられた声に、わたしは視線を移す。
「あ・・じゃま、だったかな?」
 抱えてきたワイン壺を抱きしめながら、ユーリは身体を小さくした。
 幼い仕草に知らずに口元がほころぶ。
「どうしました?」
 許されたのを知ったのか、ユーリはカップを差し出した。
「眠れないのかと思って・・」
 身体をズラして空けた場所に、座り込む。
「あたしも、なんだか眠れないから」
「つきあってくれるんだね」
 受け取ったカップに、ワインが注がれる。
「月を、見ていたんですよ」
 わたしが口を付けるのを見ていた小首がかしげられる。
「なにを見ていたのか、訊いたでしょう?」
「あ、うん」
 あわててうなずく頬が染まった。
 声をかけようかどうか、ずいぶん迷ったに違いない。
「月かあ・・綺麗だよね」
 仰いだ月は真円に近い。
「ハットウサを発った時には、やせていたのに・・もう満ちてしまった。エジプトに着く頃には、新月かな」
 手を挙げて、月の縁をたどる。
 ゆっくりと描かれる円を、ユーリは食い入るように見ている。
「皇子・・」
 ユーリの指が指した。
「あの、月の横で光っているのは、なに?」
 ひときわ大きく輝きを放つのは。
「あれは、火の星だよ」
 顔を寄せたのは、示す方向を確かめたかったから。
「あっちは?」
 別の方角に指が移動する。
 天には、散りしいた光。
 星をつないでわたしが告げる名前に、ユーリはうなずく。
「あたしが生まれたところは、こんなに星が見えなかったの」
 星を追いながら月に背を向けて、わたしたちは口をつぐんだ。
 風がかすかな音を立てる。
 ユーリの黒髪に、微細な光が止まる。
 髪にかかった砂を払うと、不思議そうに見上げる。
「・・・丘の向こうから運んで来るんだ。もう、砂漠が近い」
 もう一夜したら、一行は砂漠を越える。
 昼は焼き付き、夜は凍える砂漠を。
「あ!」
 一瞬の光跡をとらえてユーリが声を上げた。
「皇子、流れ星だ」
 見上げる場所に、それはもうない。
「・・・消える前に、三回お願いを言うと叶うんだよ」
 言うと、また瞳を凝らす。
 きらりと、細い煌めきがよぎる。
「お願い、した?」
 なにを願えというのだろう。
 こうやって、寄り添って夜空を見上げているのに。
 わたしは去りつつある故郷を想い、ユーリは去ってきた故郷を想っている。
 いま、なにを願った?
 軌跡に目を凝らしたままの横顔を見ながら、わたしは口を開くことすらできない。
 帰りたい?
 生まれ故郷に?
 それとも、兄上のもとに?
「あ、また流れた」
 声は涼やかに闇を震わせる。
 たとえば、遠い異国の宮廷で心を閉ざしたまま、まだ見ぬ夫を待つ王妃。
 いずれは、築き上げるだろう理想の国。
 なさねばならぬ事。
 父の期待。肩を抱いた強い腕。
 願わねばならぬことは、いくつもあるのだけれど。
 わたしは黙って天を見上げる。

 わたしたちは、星空を仰ぎながら旅を続ける。
 月の形から目をそらしながら。

「ちゃんとお願い、した?」


 このまま あなたをつれて 逃げてしまおうか



                  おわり  

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