雲上の音楽

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ｂｙ　yukiさん

　浅い眠りから浮き上がるように目が覚めた。
　ぼうっとした頭で考えてみる。

　昨日もカイルの部屋に来て、まだ夜明け前だよね？

　あたしのカラダはまだ熱っぽくて、カイルはそんなあたしの腰を抱いて髪を梳いていた。
　静かな夜。月明かりさえささやかな音をたてながら降り注いできそう。
「ねぇ、カイル？あたしカイルのリュートが聞きたいな」
　カイルの首に腕をまわし、抱きつきながらおねだりしてみる。
　あたしを抱くカイルの腕に力がこもる。
「今すぐ？今夜は月もキレイだ。中庭で聞かせてあげよう」
　そう言うとカイルは寝台から降りて手早くローブをはおり、あたしにもはおらせてくれる。
　カイルはリュートを持つとあたしの手を取って部屋を出る。
　風がきもちいい。
　月明かりに洗われるみたい。
　カイルはあたしと手をつないだまま後宮の中庭にある池のほとりまで来ると、ゆっくりと腰をおろしてあたしにもそうするよう促した。
　背筋を伸ばしてリュートを構え、呼吸を整えると音を紡ぎ始めた。
　カイルはあんまり楽器を弾くことは無い。普段はイル・バーニに弾かせてばかり。
　確かにイル・バーニはリュートの名手だけど、カイルだってひけを取るとは思えない。今だって情感豊かな旋律を奏でている。
　カイルの肩に軽く頭を預けて音色に聞き入る。
　あんまりキレイな音だから、あんまり心に響いてくるから涙が出そうになる。
「キレイだね。カイルのリュートあたし好きだな」
「おまえが望むのなら毎日でも弾いてやるさ」
　どれくらいそうしていたんだろう、不意にカイルがため息混じりに言ってきた。
「皇帝とそのたった一人の側室が王宮で人目を気にするなんてのもヘンな話だな。
もっともあまりおおっぴらじゃ、おまえが苦労することになるし…」
　そうだね。姫君たちの目があるところじゃこんなふうに時間を忘れて時を過ごすなんてできないもんね。
　それにほんとはあたしは後宮には相応しくないのかもしれない。
「そんなの気にしてないよ。身分のないあたしが後宮にいるなんてほんとはありえないことなんだから」
「何言ってるんだ。おまえは私のイシュタルだ。天が私に遣わしたというのに身分などどうでもいいことだよ」
　でも、その身分がないからあたしは耐えなきゃいけないんだよ？カイルが身分ある姫君をご正妃に迎えるのを。
「夜明けまでまだ間があるな。
おいで、部屋に戻ろう」
「今からまたじゃあ１日もたないよ。ちゃんと休まないと」
「分かってるよ。無茶などしないさ」
　ほんとにわかってるのかな？カイルがいなきゃヒッタイトは機能しなくなっちゃうのに。
　カイルはあたしにリュートを渡すと抱き上げて部屋に戻ろうとした。
　ほんの一瞬だったけど、カイルの視線が何かを捉えた。
　その瞬間、カイルの表情がすっと変わったように見えた。穏やかで優しい笑顔が一瞬だけ消えた。
　カイルが体の向きを変えるときに隙間から姫君がこちらを見ているのが見えた。
　ほんのわずか垣間見ただけだったけど、とても寂しそうな表情が見えた。
　でも、あたしは哀れとは思わない。
　だって、あなたはカイルのご正妃になれる資格があるのでしょう？
　あたしにはカイルしかいないの。カイルがこの世界の全てなの。

　部屋に戻るとカイルはゆっくりとあたしを寝台に横たえて口付けを繰り返す。
　朝まで休まなきゃいけないのに、口付けは熱さを増していくばかり。
「ちょっと！カイル!?ムチャしないって…！」
「だからムチャなんてしてないだろう？もう我慢するなんてムチャはしないってあの時言ったはずだよ」
「でも…!!」
「大丈夫。愛してるよ、ユーリ」
　そのひとことであたしは抵抗できなくなる。
　ゆっくりと腰紐をはずしてふたりの間をふさぐものを剥ぎ取っていく。
　カイルの大きな手があたしのカラダを這っていく。
　あたしは我慢できなくなって、自分のものとは思いたくない声が漏れる。
「あ…、は、カイル…」
　こんな自分を見られるのは恥ずかしくってカイルにすがりつく。
「目を開けて、ユーリ。
おまえの瞳を見ていたい」
　カイルの顔が目の前にある。
　大好きなカイルの顔。
　その瞳にはあたしが映ってる。
　大丈夫。あたしにはこの時間があるんだからきっと耐えれる。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　END