暗闇でDANCE


 某日、夜這いを決行する。

 とは言っても、夫婦間で無理矢理どうこうというわけではない。
 話は宮中のしきたりのややこしさからそうなってしまった。
「先に休んでいるように」
 仕事の手が放せずに執務室から、そう伝えさせた。ユーリは素直に休んだようだ。
 夜もかなり深まったころ、私が寝所にたどりつくと、当然のようにユーリはいなかった。
 どうやら、自室で就寝したらしい。
「・・・ユーリはいないのだな」
 何気なくつぶやくと、侍従長が頭を下げた。
「お召しになられますか?」
 とんでもない、夜中だぞ?眠っているところを起こすのはかわいそうじゃないか。
「いや、いい」
 私が後宮に向かおうとすると、
「では、先触れを」
「起こさなくても良い」
 侍従長は、年寄りの頑固さを顔に貼りつけたまま言った。
「畏れながら、皇帝陛下が先触れもなく妃殿下の元をご訪問なさるのは・・」
「なにか、都合が悪いのか?」
「妃殿下が陛下をお迎えすることが出来ません」
 別に迎えてもらわなくとも構わない。ユーリは眠っていて、私はその隣りに潜り込む。
「私は構わないが」
「しかし・・・それでは陛下に対しての礼を欠くことに」
 夫婦間で礼も何もあるものか。
 私はユーリの隣で休みたい、それだけだ。
 肩をすくめて後宮までつづく廊下を踏み出そうとすると。
「もしや、陛下・・非公式な訪問をお望みですか?」
「非公式?」
 侍従長は真面目な顔のまま、声を潜めた。
「・・世間で言うところの、夜這いです」
「・・・・」

 だから、どうこうするわけではないが。正直な話、その言葉が気に入ったのだ。
 ということで、夜這い決行中。


 衛兵を控えさせてユーリの部屋に踏み込む。
 真っ暗だった。灯火はすでに落ちてしまったらしい。
 暗闇の中、耳を澄ませば規則正しい寝息が聞こえる。
 よく眠っている。起こさなくて良かった。
 私ははやくも、腕の中にユーリの身体を抱きしめることを考えて、意気揚々と暗闇の中踏み出す。
 ごん!
 向こうずねに鋭い衝撃が走る。
「*****!!」
 うめき声を飲み込みながら、脚をかかえる。
 なんだ?なにがあったんだ??
 そろそろと手を伸ばすと、固いモノに触れた。
 角張った形・・・下に伸びた細い棒・・・わかった、これは椅子だな!?
 私としたことが、暗闇の中、椅子にぶつかってしまったのだ。
 はははははは・・・痛い。
 しかし、声をあげなくて良かった。
 穏やかな寝息を聞きながらそっと息を吐く。
 あやうく起こしてしまうところだった。
 じんじん痺れている脚をさすると、私は立ち上がる。
 気を取り直して、いざユーリのもとへ!
 椅子のあった辺りを注意深く迂回する。同じ過ちは繰り返さない主義だ。
 とりあえず、障害物の有無を確かめるために、すり足で進む。
 おお、調子がいいぞ。ほら、ユーリが近づいている。
 ばん、がらがらがら、ちゃり〜ん!!
 なななななな何が!?
 こんどは腹部に衝撃を感じて、身体を二つに折った。
 手を伸ばさなくても分かる、これはテーブルだ!!
 しかも、かなりモノが載っていて重い。
 思わずよろめいて着いた手が、なにかを払いのけた。
 がっしゃ〜〜ん!
 ああ、今のはワイン壺だな?そこいらじゅうがワイン臭い・・しかも・・足にかかった。
 破片を踏まないように後ずさった私の足の裏でなにか柔らかいモノが、ぐしゃりと潰れた。
 気持ち悪い・・なんだこれは・・良く熟したイチジクのような・・・
 そうか、テーブルの上にはイチジクとワイン壺が載せられていたのだな。
 納得する間もなく、ぬめるモノを踏みつけてしまう。
 バナナかっ!?
 思うと同時に転倒する。
 はうっ!
 絨毯に身体を伸ばしながら(不本意だが)私は自嘲した。
 イチジクだけじゃない、載っていたのはフルーツ盛り合わせだと。
 もしかしたら。
 ユーリは私のために軽い食事とワインを用意して待っていたのだろうか?
 そして、やがて疲れてベットに入る。
「カイル・・遅いなあ・・」
 寂しげにつぶやいて・・・
 閉じられた睫毛がゆらゆらと揺れるのが、手に取るように浮かんだ。
 待ってろユーリ!今そこに行くからな!
 私はワインで湿った床から立ち上がった。転倒したせいで方向が失われたが、冷静になろうとした。
 ユーリの寝息が聞こえるはずだ。そちらが私のゴールだ。
 私はようやく確信すると歩き始める。
 サンダルの裏に貼りついたイチジクの果肉を絨毯でこすり取りながら。
 ユーリ。
 心の中で呼びかけて腕を伸ばす。
 ぐきっ!
 あたたたた。
 壁か・・・突き指してしまったぞ。
 どうやら、多少方向が違ったらしい。
 手のひらをフリながら、もう一度周囲の気配に意識を集中する。
 ・・・あちらだ。
 ユーリが私を呼んでいる(気がする)。
 私は慎重に手を伸ばしながら、進む。
 ふわりと指先が布に触れた。
 ユーリ?
 起きていたのか?(あれだけ物音を立てれば起きるか?)
「ユーリ!」
 たまらず抱き寄せ・・たつもりで。
 どすっ!
 あごに衝撃。・・・寝台の柱に抱きついていた。
 ・・・しかし、そう見当違いの方向でもなかったはずだ。なにはともあれ、寝台にたどりついた。
 目の前でちかちか光る星を追い払うように、私は頭を振ると、柱からそっと手を滑らせた。
 ふかふかの寝具。よし。
 寝具の上には・・・これは・・枕か?ということは・・
 枕の上には・・・いない・・どうしてここに頭が無いんだ?
 まあ、ユーリはいつも私の腕を枕にしているからな。
 よしよし・・・ではずうっと・・・おかしい?なぜいないんだ?
 私はシーツの上を無為に撫でた。
 そこにはユーリの姿はない。
 確かに、寝息は聞こえる・・・なぜ?
「きゅうう」
「ひっ!?」
 寝台と床の境目、私の足が暖かいモノを踏みあてる。
 しまったああ!!
 こともあろうに、ユーリを踏んでしまった!
「ユ、ユーリ!?」
 しゃがみ込み、なぜか床の上で寝ているユーリをのぞき込む(見えないが)。
「おまえ、なぜこんなところで寝ているのだ?」
「すう」
 だめだ・・・
 どうやら寝台から落ちたらしいが、目覚める気配はない。あれだけ派手に音を出しても目覚めなかったのも分かるような・・・。
 とりあえず、抱き上げると、寝台に上がる。
 向こうずねと左脇腹とあごと右人差し指が痛む。
 しかし、気持ちよさそうなユーリの寝息を聞いているとそんなことはどうでも良くなった。
 当初の目的は果たせたのだし。腕の中に細い身体を抱き込むと、無意識だろうがすり寄ってくる。
 私は幸せのため息をついた。


 某日、夜這い成功。

                     おわり

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