移り香

                     by yukiさん

 月を眺めてどれくらい経つだろうか?
 わたしはハットゥサに自分の宮を持たないから、いつも通り兄上の宮で過ごしている。
 いつもと違うのは兄上に側室が出来たこと。
「ザナンザ様、新しいワインをお持ちしました」
「ああ、ありがとうキックリ」
「今夜は月が綺麗ですね」
「おまえもいっしょにどうだ?独り占めするにはもったいない月だ」
「申し訳ありませんがカイル様の仕度がありますので」
「そうか、では独り占めさせてもらうよ」
「では失礼いたします」
 そういえば兄上が湯殿を使っていたな。出てきたら誘ってみようか。
 それともユーリを誘ってみようか?でも兄のことを考えると大変そうだからやめておいた方が賢明だ
ろう。
 あになにも執心なのだから。
 今夜の月は張り詰めるほどに満ちているわけでも、剣のように細く冴え冴えと輝くわけでもないが、
不思議と胸の内を満たしていく。
 月の光に守られ星の光の祝福を受けているような気分だ。
 だから、独り占めするのも勿体無くて誰かと分かち合いたい気分になったのだろう。

 カタン

 扉の音がする。兄上が出てきたのだろうか。
 ふわりと風が吹くとかすかに乳香が香ってくる。
 衣擦れと足音が近づいてくる。
 しかしいつもと何かが違う。
 兄上はこんなにも歩調が速かっただろうか?
 足音がわたしの背後で止まる。
 いつものように兄上が隣に座るのを待っていても、背後で立ち止まったきり動きが止まってしまった。
「兄上?」
 頭をめぐらしながら声をかけるとそこにいたのはユーリだった。
「ごめんなさい、ジャマしちゃったかな?」
「…いや、そんなことないよ。
 わたしの隣があいているんだがよかったらどうかな?」
「ありがとう」
 わたしの隣のクッションに腰をおろし夜空を見上げる。
「ねえ、ザナンザ皇子。どうしてカイル皇子だと思ったの?」
「兄上の、乳香の香りがしたからね」
「……。そうなの?カイル皇子の匂いなんだ」
 うれしそうに頬を赤らめ無邪気に喜ぶ姿を見ると、兄上の執心もわかってしまう。
 こんなにも欲も打算も無く無邪気に振舞う娘にはなかなかお目にかかれないから。
「皇子はいつから眺めていたの?」
「え?何を?」
「何を?って夜空を眺めていたのでしょう?」
 つい今しがたはあなたを眺めていたんだよ。
「そうだな、キックリに新しいワイン壷を用意してもらったくらい前からかな」
「え?そんなに飲んでるの!?皇子お酒強いんだね」
「おや、わたしの分は用意しておいてくれなかったのか?」
「カイル皇子!」
 ユーリが一段と嬉しそうな声をあげる。
 兄上も優しげな微笑をユーリに向ける。
「今日はもうよろしいんですか?」
「ああ。湯浴みも済ませたしあとはゆっくりするだけだ」
「もう、皇子ったらちゃんと頭拭かないと風邪ひいちゃうよ!ハディに拭くのもらってくる」
 ユーリは大急ぎで走って行ってしまった。
「まったくあいつはちっともじっとしていられないんだから」
「ホントに元気で。兄上も大変ですね」
 でもその大変なのが嬉しそうに見えるんですよ。
「あいつは誰とも違うから大変なんだよ」
 誰とも違うほど特別ということですか?
「そういえば、ユーリは香油は何を使っているんですか?」
「最近はハディ達がいろいろと用意しているようだからよくは知らないが、ユーリの香油がどうかした
のか?」
「ユーリから乳香の香りがしました」
「…………」
「兄上の移り香でしょう?」
「ユーリはほとんど体臭が無いからな」
「とはいえ兄上と同じ香りがするほど側においていればこそですね」
「やけにからむな」
「あまりに幸せそうな顔をなさっているからついついからかいたくなるんですよ」
「じゃあ仕方ないな、からまれてやるか」
 ユーリが来てあなたは変わられましたね。
 目の前の幸せを素直に認められるように。
 そんなふうに幸せそうな顔をして理屈抜きで愛しいと思う女性を見つけられた。
 わたしにもそんな相手が見つかるのでしょうかね?
 わたしだけの女性が。

                     END
 

     

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