かむかむウィンター



 たとえれば、ぬるま湯の中をぼんやりと浮き上がっていくような感じ。
 ゆらゆらと暖かくて、もう少し浸っていたいような。
 あたしは目覚めが近いことを知る。
 自分の身体の一部だと信じていた部分がゆっくり意思とは違う動きを始める。
 それは今の今まで押しつけられていたカイルの肌で、くすぐったい感触がまぶたから頬をつたいはじめる。
 起きなきゃ。
 カイルの口づけを受けながら、夢の中で思う。
 もうすぐ耳元に吐息のような声がそそぎ込まれる。
『おはよう、朝だよユーリ』
 けれど、今朝はまわされた腕に力が込められるのとは逆に、冷たい風があたしの横にすべりこんできた。
 身震いをして、カイルのいるはずの場所をかき抱く。
 ほのかにぬくもりの残る敷布が、指先にひっかかった。
「・・・カイル?」
 まぶたを閉じたまま、声をあげる。
 震える声に不安の色がにじんだのだろうか?
「ここだ、ユーリ」
 離れたところで声がした。
 あたしはしぶしぶ瞳を開けた。
 白い逆光の中、窓辺にたたずむ姿が見えた。
「ごらん」
 あたしはカイルの姿に安心して、もう一度寝具の中に身体を埋めた。
「なあに・・?」
 素肌に滑る布が、夕べのカイルを思い出させる。朝の光の中で見つめ合うことには、いまだに慣れないでいる。
 カイルの姿が近づいてくる。肩布を羽織っただけの肌が、陽光にまぶしい。
 目をすがめたあたしの身体にカイルの腕がかかる。
 毛布がぐるぐる巻き付けられる。
 抱き上げられた時、首に腕をまわそうとして、あたしの手は自由にならない。
「カイル?」
 大股に部屋を横切ると、先ほどの窓辺に立つ。
「ほら、ごらんユーリ」
 あごで示された方には、朝の澄んだ空が広がっている。
 石造りのテラスの上に、朝日がきらきらと散る。重なり合うハットウサの町並みのところどころから、細く煙が立ちのぼり、城壁は金色に輝く。
 その向こうにはなだらかに続く丘。
「・・あ?」
「今年、初めてだ」
 なぜか得意そうにカイルが言った。
「降ったんだぁ・・」
 空のかなたに望む山並みは、白銀の煌めきを冠していた。
「初冠雪だね?」
「ああ、冬が始まった」
 暦の上ではなく、いくつかの事象が季節の始まりを告げる。
 ハットウサの冬は、今日から始まる。
「今年は寒いのかな?」
「雪が多ければ、来年の実りが多い」
 まじめくさって応えたカイルは、すぐにあたしの耳元に唇を押しあてた。
「寒がらせはしないさ」
 あたしはくすぐったさに笑い出す。
 自由にならない両手の代わりに、首をねじ曲げると、カイルの唇に自分の唇を重ねた。
「知ってる。寒かったことなんてないよ」
 いつだって、抱きしめてくれるから。
「・・・挨拶をまだ言っていなかったな」
 二人で間近に目を合わせる。
「おはよう、ユーリ」
「おはよう、カイル」

 冬の最初の一日が始まった。     
  
                   おわり
  

       

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