ナッキー☆ジェノサイド


「きゃああああ!!」
 悲鳴が響き渡った。
「うるさいぞ!落ち着きのないヤツだ!!」
 ナキアが叫んだ侍女を怒鳴りつけた。ただでさえ狭い部屋、大声を出せばかなり耳に触る。
「で、でも、ナキアさま、出たんです・・」
 涙目で侍女が訴える。
「出たって、なにが?」
「ゴ・・ゴキブリですっ!!」
 震えながら侍女があたりを見まわした。走り抜けていったのは一瞬だがまだ、その辺に潜んでいるはずだ。
「ゴキブリとは、あの触覚の長い焦げ茶色に艶のある、身の丈小指ほどの、かさかさ音をたてながら走る、飛ぶと透明な薄羽根がのぞくという、アレか?」
「そんなに詳細に表現しないで下さい!!」
 言うと侍女は椅子に登った。少しでもゴキブリから逃れようという、涙ぐましい努力だ。
「ゴキブリは、一匹見かけると、100匹は隠れているというな」
「落ち着かないでください!!姫さま、見つけだして退治して下さい、バビロニア王女の名に賭けて!」
「・・なぜ、そのようなことに名を賭ける?」
 侍女は食い下がった。必死だ。
「おそれおおくも、姫さまの居室にあのような輩を無断で徘徊させては王女の名にかかわります!」
 ナキアはうなった。よくは分からないが、ゴキブリの出る側室の部屋もかっこわるい。
「分かった・・では、不遜な虫けらめに、この私が鉄槌を下してやろう」
「さすが、姫さま!!」
 椅子の上で侍女が拍手した。ナキアも、喝采を浴びて悪い気はしない。
 咳払いをする。
「よし・・・ゴキブリっ!出てこいゴキブリっ!出てこねば、私の拳の露にしてくれようぞ!!」
「ひ、姫さま、素手でつぶすのはやめてください・・・」
 厚板を叩き割る腕をまくってみせたナキアに、侍女が言った。なんだか彼女ならやりかねないからだ。
「武器を使えというのだな・・・そこかっ!?」
 拳と見せかけて足払いが飛んだ。チェストが一つなぎ払われて吹き飛んだ。
 陰から茶色い生き物が飛び出す。
「くらえっ!!」
 手近の物差しを叩きつける。侍女は悲鳴を上げた。物差しは彼女の裁縫用だったからだ。
「どうだ?一匹しとめたぞ」
 得意げに振り返ったナキアに、涙をながしながら侍女はうなずいた。
「ほんとうに、ご立派です、姫さま・・・」
「なんだ、これくらいで泣くな。おかしなヤツだな。しかし、虫めはまだまだ隠れておろう、気をぬくでないぞ」
 かさり、という音をナキアの耳は聞き逃さない。
「今度は、そこだな!?」
 長持ちがひっくり返る。憎い敵は二匹いた。目にもとまらぬ連続技で続けざまにたたきつぶす。物差しを使って。
「姫さま・・・」
 侍女は、もう二度とその物差しを使う気がしなかった。頬を止めどなく涙が伝ったが、ナキアに拍手を送り続ける。
「きっと、まだ、隠れています」
「分かっておる。皆殺しにするつもりだ。私が水をつかうのを忘れたか?」
 言うとナキアは目を閉じた。
 かすかな地鳴りが聞こえた。床が震え出す。侍女が見まわしたとき。
 窓の外の排水溝をあふれた水が壁を突き破った。
「きゃああああ」
 椅子から飛び降りた侍女はナキアにしがみついた。
 水が床の上を逆巻く。うねりの中にいくつもの茶色くもがく姿があった。
「ほほほほ、私の力を思い知ったか!?」
 水流をものともせず仁王立ちして哄笑するナキアに、侍女は必死につかまる。
「姫さま、やりすぎです!」
「やりすぎ?」
「これでは、お部屋がなくなってしまいます!」
 唐突に、水が静まった。そのままさらさらと退いてゆく。
 あとには、泥だらけになった室内と、壊れた家具が残った。
「ふーむ、困った」
 ナキアが腕組みをしたとき。
「何ごとです!?」
 どやどやと、後宮付きの衛兵が飛び込んできた。
 室内の惨状に立ちつくす。
「・・・詳しくは、説明できませんが・・」
 侍女は、泣いた。泣き真似だったが、さっき泣いたので涙は本物だった。
「急にこのようになって・・・おかわいそうなナキアさま!」
 背中をこづかれて、ナキアも泣き崩れるマネをした。
「ああ、今夜眠る場所がないわ・・・」
 衛兵が顔を見合わせた。



「結構、いい部屋あるじゃない」
「ご存じないのですか?最近あいたんですよ」
 広々とした室内の寝台に転がるナキアに、侍女は言った。
「こちらは、皇帝陛下のお若いころからのご側室が使われていたお部屋です」
「その側室、死んだの?」
 侍女は首を振って、ナキアに掛布をかぶせた。
「お年で、中風が悪化してお暇をとられましたの。年金をいただいて田舎暮らしだそうです。姫さまも、そういう優雅な老後が迎えられるといいですわね」
「やめてよ」
 あくびをかみ殺しながらナキアが言う。
「私は、皇子を産んで皇帝の母になるのよ。それより、今日はゴキブリのおかげで部屋が越せたわ・・・私のラッキーアイテムにしようかしら?」
「おやめください・・・」
 侍女は、心底いやそうに答えると、灯りをおとした。



                    おわり   

   

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