ふらふらウィンター



 やっぱ、温泉でしょう。
 ユーリがそう言ったので、温泉に来ている。
 二人して、露天風呂に入るのだ。
 幔幕を張り巡らせて、雪景色を見ながら、ゆらゆらお湯にゆられる。
 幸せだ、かってこんなに満ち足りたことがあっただろうか、いやありはしない。
「ね〜カイル」
 湯気の向こうから、ユーリが話しかけてくる。
 上気した頬や鼻の上に浮かんだ汗の玉が、たまらなくかわいい。
「ん〜なんだ?」
 白濁したお湯の中、そっと引き寄せれば、あっさりと腕の中に収まる。
 手のひらですべすべした肌を撫でる。
「・・・温泉て言えばさあ」
 ざっとまとめただけの髪が、うなじに後れ毛を散らせている。
 私は貼りついたそれをそっとはらいのける。
「温泉って言えばなんだ?」
「ほら、お盆に載せて・・・」
「???」
 ユーリはもどかしげに身体をよじった。立てた膝の間で、するりと身体が反転した。
 ・・・かなり、これは・・悩殺的だな。
「お銚子と、お猪口をね、お湯に浮かべて・・」
「お銚子とはなんだ?」
 ユーリは眉根を寄せた。
「・・・お酒の入れ物・・」
「ハディ!」
 私は声をあげた。
「お呼びですか、陛下」
 幔幕の向こうで、応えがある。
「ワインをここへ」
 言ったとたんに垂れ布が掲げられる。
 銀の盆に載せたデキャンタとカップが差し出される。
「お持ちしました」
「うむ」
「なんか違うんだけど、まあいいか」
 立ち去ったハディを見て、ユーリがつぶやいた。
 とりあえず、盆を湯の上に浮かべてみる。
「・・・浮かばないね」
「重いんだよ」
 仕方無しにデキャンタを取り上げユーリのカップにワインを注いでやる。
 いつもなら口を付けるだけなのに、今日は開放的な気分なのか、ぐいとあおった。
「ふう・・」
 ワインのせいでユーリの肌は桜色を増した。
 なかなか、好い感じだ。
「ね〜カイル、なにか歌って」
「なにがいい?」
 ほろ酔いのユーリはにこにこしながら言った。
「やっぱり、温泉でいっぱいひっかけてだったら、『チャンチキおけさ』でしょう?」
 チ・・チャンチキおけさ!?
 私は初めて聞く曲名にとまどった。
「・・・それは、どのような歌なのだ?」
「んもう、知らないの〜」
 ユーリは唇をとがらせると、浴槽の(とは言っても露天風呂なので岩肌だ)ふちにもたれて、歌い出した。
「つきがぁ〜わびしぃ〜ろじうらのぉぉぉ!!」
 音程とろれつが怪しい。
 もしかして、もしかしなくても酔っているのか?
 蒸気越しに見れば、ユーリの顔は真っ赤だ。
 ま、まずい。
「ユーリ・・」
 ばしゃりと私に湯が浴びせられる。
「カイルゥ、ちゃんと聴いてよね!!」
 目がすわっている。
「おけさせつなやぁ〜やるせなやぁ・・・ぐすっ」
 気持ちよさそうに大声で歌っていたユーリが突然泣き出した。
「ユ、ユーリ」
 こいつ、泣き上戸か!?
「切ないねぇ・・涙で月が曇るのよ?」
「ああ、切ないな」
 言いながら私はユーリをなんとか抱き上げようとした。
 とりあえず、水でも飲ませて酔いを醒まさないと。
「カイルッ、気合いが入ってないよっ!合いの手を入れて!!」
「合いの手?」
 逆らわない方がいいだろう。
「どうするのだ?」
「チャンチキのところで、こうやって・・」
 ユーリの声が途切れた。
「?」
 いぶかしむ私の前でぶくぶくと音を立てて、黒髪が湯の中に沈んで行く。
「ユーリッ!?」
 私は慌てて腕を伸ばした。
 ぐったりとしたユーリを引き上げる。まれにみる酒癖の悪さだ。
「ハディ!」
 ユーリを横たえながら、大声をあげる。
「お呼びですか?」
 顔を出したハディは青ざめた。
「ユーリさま、いったい?」
「水だ!」
 ユーリを扇ぎながら、唇が動いていることに気づく。
 何を言っているのだ?
 耳を近づけた私に、よわよわしい小声でユーリが言った。
「あたし・・・三波春夫・・・好きだ・・・」
 なんだって!?誰だ、そいつは!?
 問いつめようとした私の前で、ユーリが身体を二つに折った。
「ぐえええ・・」
「ユーリさま!」
 私を押しのけるようにハディが、飛び込んできた。
「ユーリさま、お水です、さあ!!」
 目に涙を浮かべたまま、ハディはユーリを手早く毛布で包んだ。
「お風呂で『チャンチキおけさ』を歌うなんて無茶なことを・・・」
 ちょっと、待て?ハディは『チャンチキおけさ』がなにか知っているのか?
「せめて『船方さんよぉ』にしておけば・・・」
 分からないぞ、私だけをのけ者にして盛り上がるな!
 ・・・いや、ユーリは盛り上がってないか?
 しだいに血の気が引いて今では青ざめてしまったユーリが、私の方に視線を向けた。
「ユーリ、大丈夫か?」
 かがみ込めば、手を伸ばしてくる。
 手のひらを包み込む。
「苦しいか?なにか欲しいモノはないか?」
「カイル・・・合いの手じゃなくて愛の手だね・・」
「はあ?」
 言うと同時に、ユーリは気を失った。
 ・・・私は返す言葉もなく立ちつくすしかなかった(裸で)。

               おわり

     

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