女の敵


「カイル、お願いがあるの」
 ユーリが言った。
「なんだい、なんでも言ってごらん」
 これは、私のセリフだ。
 私は機嫌が良かった。
 本日の仕事は終わり、湯浴みで暖まり、食事で腹も満たされ、ワインでほろ酔い。
 おまけに今は寝所でユーリを抱きしめている。
 そのうえ、お願いまでされたら。
「うん、あのね・・」
 ユーリは恥ずかしそうにうつむく。
 ふたりの間に恥ずかしいことなどないのだよ。
「どうした、なにをお願いしたいのだ?」
 言っておくが、部屋の明かりを暗くして、なんてのはだめだぞ。
 おまえの顔がよく見えなくなるじゃないか。
「・・・ううん・・・ヘンだなんて思わないでね?」
「思わないとも」
 私は、めいっぱい真面目な顔でうなずく。
「・・・じゃあ・・」
 やっぱりユーリはもじもじしている。
 いったいどこでじらし方なんて覚えたんだ?
 私はユーリのお願いを待ちながらも、時間を有効に使おうとする。
 すなわち、腰ひもを解き胸元をはだける。
「あっあのね、カイル!」
 ひしと、襟を掴んでユーリが言った。
「脱がさないで欲しいの!」
「はあ?」
 なにを言っているんだ、おまえは。脱がさないとなにも始まらないだろう?
「ああっと、服じゃないの・・その・・」
「服じゃなければ、なんなんだ?」
 私の掴んでいるこの一枚の他に、おまえが身につけているモノといえば・・・
「くつした・・・」
 そう、靴下だ。
 朝から気になっていたのだが、ユーリは分厚い靴下を着用していた。
 色は・・らくだ色。
「ラクダ毛なんだよね、これ」
 ちょっと自慢そうに、ユーリはつま先を上げてみせる。
「冷えは女の敵でしょう?靴下はくといいんだって!寝てる間も・・」
 寝てる間も?すると、ユーリはこれを身につけたまま、私とコトに及ぶつもりなのか?
「一日中はいているつもりか?」
「一日ったって、同じじゃないよ?ちゃんと履き替えてます」
 さらに自慢するように、胸を張る。
「12枚セットで買ったのよ!そうすると、一枚分がタダになるの!」
 ・・・いやしくも、ヒッタイト帝国の皇后が一枚分の値引きに惹かれて靴下を買うか?
「すごいでしょ、カイル?」
「・・・ああ」
 ある意味。
 まあ、靴下ぐらい実害はないが・・・なんでも言ってごらんと言った手前もあるしな。
「分かった」
 私は大きくうなずき、ユーリの肩に半分引っかかっている布を取り去った。
 靴下だけ・・・というのも、まあ良いかも知れない。らくだ色だが。



「カッ、カイルッ!」
 ユーリが大声をあげた。
「だめ、だめだよっ!」
 なんだ、今日は大胆だな?
 思ったところで、ぐいと頭を押しやられる。
「・・・なんだ?」
 お楽しみを邪魔されて、少し不機嫌になる。
「だ、だって脱げるよ!」
 ユーリが足をばたばた動かした。
 おっと、膝を抱えたときにズラしてしまったらしい。
「ああ、すまん」
 続けたさに素直に謝ると、ごわごわの毛糸をひっぱりあげる。
「もう、気をつけてよね」
 安心して枕の上に頭を落とすのに覆いかぶさる。
「気をつけるさ」


「カイルッ!カイルッ!!」
 ユーリが必死に訴えている。
 おおかた靴下が脱げたんだろう。
 そういう状況ではなかったので、とりあえず続行する。
「カイルッてば!!」
「・・分かった・・あとではかせてやる・・・」
 冷え性に靴下がいいなんて言い出したヤツは誰だ。


「ほらユーリ、靴下だ」
 ぐったりしているユーリの足を持ち上げて、念願の靴下を片方ずつかぶせる。
「う・・ん」
 やれやれ。
 私はため息をつくと、ユーリのそばに身を横たえた。
「だいたい私がいるのに冷えるわけがないだろう?」
「・・・」
 あきれた、眠っているのか?
 返事のないユーリの身体を抱き寄せ、いつものように、足をからませる。
 ・・・・これは??
 すねにごわごわ当たるのは・・・靴下。
 かっ、かゆい!!
 毛足の長いラクダ毛は、もぞもぞと痒かった。
「おいユーリ、おまえ痒くないのか?」
「ZZZZZ」
 気持ちよさそうな寝息。
 私は悟った。

 男の敵は、女の冷え性だ。


                おわり  
    

     

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