ナッキー☆エゴイスト


 ハットウサ郊外。
 高い塀に囲まれた離宮は、警護の兵が頻繁に見回りをしていた。
 監視の目に曝された離宮は豪奢な作りとは裏腹の、牢獄だった。 
 中に暮らすのは、もとこの国の皇太后。
 かっては帝国女性の第一位にいた、バビロニア王女だった。
「姫さまっ!姫さまっ!!」
 けたたましい声が、離宮の廊下を近づいてくる。
 薄暗い庭の片隅で、老木に五寸クギを打ちつけていたナキアは、いまいましそうに振り向いた。
「なんなの騒がしい!私はいま集中しているのよ!」
 言ってすぐにわら人形に向き直る。侍女はその背中に縋った。
「呪いごっこなんてされている場合じゃありませんわ、ナキア姫さま!」
 ていのいい監禁状態にありながらも、出自のためにナキアには何人かの供が許されていた。罪を得た主人に従おうという者は少なかったが、この侍女は率先してナキアに従った。
 彼女自身もバビロニア名家の出身であり、王女の乳姉妹として育ち、輿入れと共にこの国までやって来た。そして、生涯幽閉の身の主人に殉じようとしている。
「ごっことはなんだ!私は起死回生のチャンスを狙っておるのだぞ!」
「起死回生だなんて・・姫さまいつまでもこだわりを捨てないのは、老化の現れだって言いますよ?」
「老化だと!?私が老けたと申すか?」
「だって、もう孫もいるじゃありませんか。正真正銘のお婆さんですわ」
 主人に従うことに腹をくくったのか、侍女は覇に衣着せぬものいいをする。
「ジュダさまの御子をごらんになられたでしょう?なんてかわいらしい赤ちゃんだったのかしら!このまま、姫さまに似ず素直に育たれることだと・・」
「私に似ず、だと!?」
 ナキアは、木槌の頭を侍女に向けた。
「おまえ、よくもこの私にずけずけモノを言うものだわね!ジュダが美しいのも、ジュダの子が健やかなのも、皆この私に似たからではないか!今に見ておれ、ジュダは必ずやこの国の皇帝に・・・」
「無理です」
 きっぱりと侍女は言った。
「だって、皇帝陛下にはすでに正当なお世継ぎがおられますわ!健康な皇子がお二人も!」
「ええい!!」
 ナキアはじたばたと足踏みをした。
「皇子とは言っても、母は身分の卑しい女であろう?バビロニアの血を引く私が・・」
「母君は皇后陛下ではありませんか・・こう言ってはなんですが現役の皇后陛下腹の御子の方が、罪人の王女の子よりよほど王座に近いかと」
「罪人だと!?」
 ナキアの手の中で、木槌の柄がぼきりと折れた。
「私のどこが罪人だ!ただ、ちょっと先の正妃を押しのけて、皇帝を押しのけて、道を開いただけではないか!だいたいあれはウルヒが」
「そのウルヒですわ!!」
 侍女は、大声をあげた。
「姫さまと無駄話をしていたから忘れてしまうところでした!」
「無駄話とはなんだ!」
 怒るナキアを制すると、侍女は声を潜めた。
「ウルヒさまが・・・戻られました」
「・・・馬鹿を言うな」
 ナキアは、常識のある人間のように眉をひそめた。
「ウルヒは死んだ。城壁の外に曝されているのも確認した」
「でも、お戻りです」
 侍女はナキアの手から木槌の残骸を取り上げながら、弾む声で言った。
「なんでも、サイボーグとかになられたそうです」
「サイボーグ、だと?」
 ますます不快げに眉をひそめるナキアの背を、事情は押しやる。
「さ、お会いして下さいな!姫さまのお若い頃には、人並みに悲恋もあったことはこの私が存じ上げておりましてよ!サイボーグになって戻ってこられたんですわ、ウルヒさまは!なんて素晴らしいんでしょう!!」
「馬鹿な、ウルヒが」
「ウルヒさまは、本当に姫さまを愛しておられたのね」   
 ほろりと涙をこぼしながら、侍女は言った。
「相手がこんなでも、そこまで愛することが出来るなんて、まさに愛は盲目ですわね」
 かちんときたナキアが、侍女に平手打ちを見舞おうとしたとき。
「ナキアさま!!」
 懐かしい声が、回廊の方からした。
 ナキアは、目を見開いた。
「ウルヒ、か?」
 サイボーグ・ウルヒは、その場に蹲踞した。
「お会いしとうございました」
 その、以前と変わらない姿をまじまじと見つめる。
「・・・見張りも多かっただろうに、どうやってここへ」
「決まってますわ!!」
 侍女が叫んだ!
「サイボーグですもの、足の裏にジェットが内蔵されていて飛んできたのよね?」
「残念ながら、私にそのようなものは・・」
 あら、と侍女は露骨に残念そうな顔をした。
「では、どんな機能がありますの?」
「私の機能は・・光るだけで」
 言うとサイボーグ・ウルヒは上体をはだけ、胸のボタンを押した。
「まあ!」
 侍女がうっとりとみつめる。
「なんだか懐かしい・・そういえば子どもの時に給食のパンが食べきれなくて机の中に隠していたことがあったわ・・すっかり忘れていてパンが出てきたのは2ヶ月後だった・・パンはカビだらけになっていて・・いまの貴方のように光ったのよ」
「お褒めいただいて恐縮です」
 サイボーグ・ウルヒが頭を垂れた。
「色は・・変わるのか?」
 今まで黙っていたナキアが、突然訊ねた。
 はっとサイボーグ・ウルヒは顔色を変えて、うつむいた。
「申し訳ありません・・それは、まだ・・」
 ナキアはふいと背を向けた。
「旧型か・・私にザナンザより劣る旧型をそばに置けと言うのか?無礼な!!」
「姫さま!」
 侍女が咎める。
「せっかくいらっしゃったウルヒさまになんと言うことを!!」
 サイボーグ・ウルヒに、宥めるようにささやく。
「ね、ウルヒさま、なにかザナンザ皇子にない機能もあるんでしょう?」
 サイボーグ・ウルヒは静かに首を振った。
「いいえ・・そればかりか、私はあのような姿で死んだために、つけてもらうことすら出来なかったんです」
「・・・つけてって・・・何を?」
 ウルヒは黙って今度は服の裾を持ち上げた。侍女の視線が注がれる。
「!!!!」
 侍女は思わず、口をふさいだ。
「いかがです?」
「私・・私・・・殿方のを見るのは初めてですわ!!」
「・・いえ、私は殿方とは違って・・」
 わっと侍女が泣き崩れる。
「もう、お嫁には行けませんわ!!」
「まだいくつもりでいたのか?」
 ナキアの言葉に、侍女はきっと顔をあげた。
「私には未だ会えない運命の殿方がいるのです!」
「ナキアさま、どうか私を」
「いらん!」
 ナキアはきっぱりと拒絶した。
「芸のない男に用はない!」
 泣きながら侍女が顔をあげ、サイボーグ・ウルヒに申し渡した。
「姫さまは、芸事に厳しいお方です。どうぞ、お引き取りを・・」
 うなだれたサイボーグ・ウルヒは、やがて決心したように顔をあげる。
「では、私にロケットパンチの機能が付けば・・会っていただけるのですね?分かりました・・次に御前に伺うときには必ず!!」
 マントの裾を翻して立ち上がる。そのまま、きびすを返した。
 回廊を遠ざかる背中を見ながら、ナキアがつぶやく。
「ウルヒのやつ・・ロケットパンチよりも先につけてもらうものがあるだろう?」
 その隣で、侍女があいかわらずしゃくり上げていた。


                 おわり
    

    

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