「酔いどれバナナ作品@」

宵鳥


                  by酔いどれバナナさんたち

チチッ

  「ん・・・」
 何か、音が聞こえた気がして、ユーリはうっすらと目を開けた。
 目の前には、あどけない寝顔のカイルがいる。
 今までにも、よく眺めていた顔だ。
 しかし、これまでとは違い、二人を隔てるものは何一つ無かった。
 それに気がついたユーリは、昨夜の出来事を思い出して、顔が赤くなる。

 チチッ

 なんの音だろう?
 カイルの腕から抜け出し、音がしたであろう方向を見ると、部屋に飾ってある花を小鳥がついばんでいる。
 しかし、起きあがったユーリに気がつくと、小鳥は慌てて窓から飛び去っていった。
 まだ、太陽は昇っていないようだが、鳥が活動しているのだ。
 きっと朝が近い。
 手近にあったシーツを羽織り、窓辺に近づいてみる。
 「イシュタルだ・・・」
 空に明りが含まれてきて、イシュタルが最後の輝きを放っている。
 それを見つめていると、不意に視界が滲む。
 「やだ・・・なんで涙なんか・・・」
 手の甲で拭っていると、
 「後悔、しているのか?」
 何時の間にか目を覚ましたカイルの声が部屋に響いた・・・


 「後悔はしてないよ。してないけど・・・」
 それでも、いまは涙が流れてしまうのは、どうしようもなかった。
 ユーリはベッドのカイルに、泣きはれた顔で答えた。
 「けど?」
 カイルは上半身を起こし、枕に背を当ててユーリに向かい手を広げた。
 それに応え、ユーリはカイルの腕の中に戻り、その胸に顔をうずめながら泣き入りそうな声で、
 「・・・家族のことを考えると・・・」
 と、そのあとはもう続かなかった。
 自分はこうして、愛する人と結ばれ、死んでも離れぬと固く誓ったけれど、では自分がいなくなったあとの家族はどうしているかと思えば、それは愛を手に入れたばかりだけにやるせなく、胸をきりきりと締め付けられる。
 もしも自分が失う側だったならと考えると、こうしてカイルの腕の中にいても不安は波紋のように広がって、せき止める手立ても見つからないのだった。
 カイルはユーリの髪をなでてやりながら、ユーリの顔を覗き込んで、
 「おまえは何も心配することはないよ」
 と赤子をあやすように言い、その唇にそっと口付けた。
 初めのうちこそ触れるだけだったものが、だんだんと深くなっていき、柔らかな舌を絡めるころとなると、ユーリの躯は昨夜のことを思い出して、自然と体内からじわじわと潤んでくるのを、ユーリ自身知らずにはいられなかった。
 カイルは唇を重ねたまま、ユーリを自分の身体の下に落ち着かせると、そっと唇を離し、名残惜しそうな表情を浮かべたユーリに満足しつつ、その頭を両手で包み、ユーリから涙の消えたのを確かめた。
 「・・・ごめんなさい」
 「無理に忘れなくてもいい。・・・ただ、お前にはわたしがいるということを、忘れないで欲しい」
 「カイル・・・」
 ユーリは、この一言でずいぶんと気持ちが楽になったのを感じている。
 どこかに一筋の罪悪感があって、後ろ髪引かれる思いでいたのが、この一言でしっかりと支えられたと思った。
 「大丈夫。カイルがいてくれれば、なにも要らない」
 ユーリはカイルに抱きついて、唇を重ねた。
 キスはやはり濃厚さを増していき、やっと一息ついたとき、ユーリは鳥のさえずる声を聞いて、
 「ねぇ、もう朝だよ?」
 と言ったが、カイルはさしてきに止める様子も見せなかった。
 いぶかしんでユーリはもう一度同じ言葉を続けたが、カイルは一向に起きる気配をみせなかった。
 鳥の声は、たしかに朝が来たことを告げている。
 けれどもカイルは、ベッドから出ようとはしなかった。

 ただ眠っているだけならば、まだよい。
 しかし、カイルの手は緩慢ではあるが、常にユーリの身体の上を動いている。
 もちろん唇も1ヶ所に留まってはいない。
 こうなってくると、ユーリの身体も心も、正気ではいられなくなってくる。
 上気した肌。こぼれる溜息。間隔が狭まる呼吸。
 「好きだよ、カイル・・・」
 今までずっと、思っていたけれど、なかなか言の葉にすることができなかった真実。
 昨夜、まるで堰を切ったかのように溢れ出たモノ。
 包帯が巻かれた背に腕を廻すと、涙がまたこぼれる。
 「わたしも・・・ユーリ・・・愛してるよ」
 そう言うと、カイルは再びユーリの流れる涙を掬う。

 あたしは何時からこんなにも泣き虫になったんだろう?
 小さな頃は、虐めっ子を泣かせてたぐらいなのに。
 この世界に来てからは、いろんな事があり過ぎた。
 ちっぽけな自分では、どうしようもなかったこと。
 軽率な行動の為に、失ってしまった大切な人達。
 どうしても納得のいかなかったこと。
 他にもいっぱいあった。悔しくて、切なくて、哀しくて・・・その度に泣いた。
 これからもきっと、何度も泣きたくなる事があって、あたしはそれを止める事
は出来ないかもしれない。
 例え、あたしが泣いたとしても、それを咎める人はいないだろう。
 きっと、カイルは、その度にあたしの頬を伝う滴を拭ってくれる。
 今のように・・・。
 止める事が出来ないのなら、思う存分泣こうと思う。
 それが許されない人の分まで・・・。

 「んっ・・・はあっ・・・」
 ユーリの、立てている膝の間でひざまづいているカイルは、ユーリの熱くなっている部分に顔を寄せている。
 震えを抑える為に、シーツを掴むが、目ざとくカイルがそれを見つけると、直ぐに指を崩される。
 何も考える事が出来なくなって、幼いだだっ子のように首を左右に振るしかできなくなってきた。
 「カイル、お願いっ・・・」
 たまらず、哀願の声を上げる。
 「わたしはここにいるよ・・・」
 そんな、カイルの声がした気がしたが、ユーリは自分に注ぎ込まれた熱いものしか感じられなくなっていた。

 
 朝聞く鳥の声は、涼しく軽やかで、ユーリはまだ日本で暮らしていた頃から、朝の鳥の声を聞いて目覚めるとすっきりした気持ちになれる、と思っていた。
 けれども、今朝ばかりはその鳥の声も恨めしい。
 頬を寄せるカイルの胸は、まだ蒸気が立ち込めているかのようで、呼吸も充分に整っているとは言えなかった。
 汗まろげの中で抱き合っていると、ユーリは朝がいつやって来て夜になるのかも判らなくなっており、それはすでに3日目に入ろうとしていた。
 さすがに遠征中とはいえ、行わなければならない政務もあるだろうに、それでもカイルが寝室から出ようとしないのは、皇帝ではなくひとりの男としてユーリを愛したい、その気持ちの表れなのだろう。
 「・・・鳥って・・・騒がしかったんだね」
 ユーリは、あかり取りの窓から差し込む、朝の日の光をぼんやりと見つめながら呟いた。
 「鳥?」
 黒髪に指を差込み、その柔らかさを今更ながらに弄び、それでも足りないとばかりにユーリの身体を放そうともしないカイルは、何を考えているのか、と少々不貞腐れ気味に鸚鵡返しになぞった。
 「・・・知らなかった、いままで・・・鳥の声なんて、気にも止めていなかったから・・・」
 朝がくれば、鳥は活動を開始する。
 朝がくれば、恍惚の世界から現実へと引きずりだされ、カイルとの愛も夢ではないかと思わざるを得ないところにまで追い込まれるかもしれない。
 ユーリは、そんなことを考えながら、カイルに一層寄り添っていった。
 愛されながら、いつも思ったこと、それが、朝がくれば一夜の夢として儚くなってしまいそうだと思うほど、この愛に対して自分が不安がっていることだった。
 カイルを信じていないわけではないが、自分がこうしてカイルと愛し合うことが夢ではないかと思え、まだ現実感がない。
 カイルの身体の重みを感じ、カイルの荒い息遣いを耳もとで聞いて、激しく強い腕と、その波に身体を委ねているときは、カイルにしかと愛されているという感じをもてるけれど、いったん朝になり、全てのものが動き出してカイルと離れれば、もしかしたら消えてしまうのではないかと不安は尽きない。
 最も、初めての夜から二人は篭りっぱなしで、一時も離れていないのだから、ユーリの悩みは取り越し苦労とも言えるかもしれないが、それでも朝になるのがたまらなく嫌なのであった。

 鳥の声は、朝を告げるのにこの上なく、ユーリはいっそのこと、鳥の声など聞こえない世界に行ってしまえたらいいのに、と思った。
 ぼんやりとそんなことを考えながら、いつしかユーリは無意識にも、カイルの身体に手を這わせていたらしい。
 カイルにたしなめられるように、だが優しく声をかけられ、その手を取り上げられて初めて気がついたが、もう恥ずかしさこの上なく、赤くなって枕に顔をうずめた
ユーリを背中から抱きしめ、
 「恥ずかしいなら、そうしていてもかまわないぞ」
 と囁いたカイルの、その唇がユーリの背を這ったとき、ユーリはとっさにカイルにしがみついた。
 「カイル、あなたを愛してる」
 まるで搾り出すかのような告白に、カイルは初め、大きく目を開いたが、すぐに喜びに満ちた表情に変わり、
 「・・・判っているよ」
 と、ユーリを今度はあお向けにし、唇を重ねた。
 
 鳥の声が聞こえる・・・

 ユーリはそれを打ち消すかのように、カイルにしがみついた。

 朝など、来なければいいのに。

 朝日の差し込む室内に、響くのはユーリのあられない声であった。
 

                     (終わり)

     

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