COLD

               
 byマドさん

ユーリが風邪をひいた。
原因は後宮の中庭にある池で「アイススケート」なるものをしている最中に、池に張った氷が割れ、その中に落ちたのだ。
そのまま湯殿に向かい、折角暖めた身体を今度は夜中になって私が毛布を剥がし、そのままにしてしまった。
裸だったユーリは、今度こそ完全に風邪をひいた。
責任を感じた私が、どんなに自分で看病すると言っても「カイルはお仕事があるからうつしたら大変」とかなんとか言って会ってさえもくれない。

あれが私と会わなくなって早三日・・・。
未だに熱が下がらないと聞く。こっそりと忍び込もうとしても三姉妹が阻止する。何故夫が妻を見舞いに行けないのだ。
憤慨した私はユーリのこともあって中々手が進まない。イルは私の横で青筋立てて怒るが、怒りたいのは私のほうなのだ。
可哀想なユーリ、きっと心細く苦しい思いをしているだろうに。
従医は只見ているだけだと言うし、熱も一向に下がらぬと聞く。心配で私は夜も眠れない。
早くユーリが元気になってくれるように、毎日花や果実を送る。早く治ってあの眩し笑顔を見せて欲しい。
あの笑顔を見る度に、私は全てを捨ててもいいと思う。
国一つ買える財宝も、国一つ滅ぼせる軍事力もあれの笑顔の前では無力に等しい。
もしもあれに何かがあったなら、私は正気ではいられまい。この世の全てよりも価値ある娘。
しかし、私の気持ちに反してユーリは一向に回復しない。

四日目の夜、我慢の出来なくなった私はユーリの部屋に足を向けた。
従医は別室で休んでいるらしく、部屋にはハディだけだった。そのハディも看病疲れからかベッドの脇で眠っている。
部屋の外で待機していたイルに声を掛け、そっとハディを運ばせる。
「陛下、今夜だけですよ」
「分かっている。ああイル、私の寝所を使っても良いぞ」
「ご冗談を。隣室を使わせていただきます。明朝お迎えにあがりますので」
「分かった」
一礼して下がったイルの姿を見やってから、ユーリの寝台に近づく。ほの暗いのは目からの刺激を抑える為か。
手を伸ばして頬に触れると熱い。まだ熱があるのだ。
額のタオルを水に浸して絞り、顔の汗を拭う。
「・・・ん・・・・・」
「ユーリ?」
ぼんやりと開かれた目は焦点が合っておらず、半ば夢見がちな眼差しだった。
「・・・ママぁ・・?」
力の無い目から零れる大粒の涙。堪らなくなって唇でそれらを拭う。
「ユーリ、欲しいものはあるか?」
「・・・・・ママ」
熱にうなされているとは云え、それは事実だっただろう。
切ない気持ちになりながら、私は幼子をあやすように額に口付け、傍にあったカップの水を口に含み、口移しで与えた。
「寒いよぉ・・・」
震える手でそっと袖を握ってくる。身体はこんなにも熱いのに、寒いのは何故なのか。
私は意を決して立ち上がり、服を脱ぐとユーリのそれも脱がし抱きしめた。毛布でしっかりと包み込む。
裸で抱き合って熱を身体の外に出す方法だ。ありきたりだが、よく効く。
小さな熱い身体を抱いて、少しでも早く回復することを願って夜を過ごした。

ユーリは何度も「ママ」と繰り返し、最後に一度だけ、私の名を呼んだ。


翌朝、私が目を覚ますとユーリは安らかな寝息を立てていた。熱も昨夜よりはだいぶ引いたようだ。
ベッドから出、窓を開ける。
それが眩しかったのか、ゆるゆると目を開いたユーリは少し辺りを見回し、私を見つけた。
「おはよう」
「・・カイル?」
服を着けながら私は寝台の脇にあった椅子に腰掛けた。
「どうしてカイルがここにいるの?」
ユーリは眩しそうに目を眇めると、やや不思議そうに言葉を紡ぐ。
「ずっと、お前の傍にいたよ」
「ずっと?一晩中?」
「そうだよ」
「私・・・風邪ひいてるのに」
それでも嬉しいのか、はにかんだように微笑む。口移しでもう一度水を与えながら。
「そろそろイルが来る頃だな」
「お仕事?」
「ああ、お前はまだ熱があるんだからちゃんと休んでるんだよ。ハディももう来るだろう」
「・・・・・ん」
まだだるいのか、寝たままで返事をする。そんな姿も愛しくて両手で顔を包み込む。
「苦しくはないか?」
「・・・大丈夫だよ。風邪なんかどっかに行っちゃったみたい。カイルに会えたからかな?」
額のタオルを代え、その間に額にキスをする。
「暫くはいい子にしてるんだよ。何か欲しいものはあるか?」
「・・・ううん。でも、一つだけお願いきいてくれる?」
甘えたように私の手を握る。可愛くて、いとおしい。
「なんだってきくよ。言ってご覧」
「あのね、風邪が治ったら中庭の池で一緒にスケートしよ」
少し潤んだ目で見つめられ、この状況で「駄目だ」なんて誰が言えるというのだろう。
「治ったらな・・・」
ユーリの部屋から出た私は、不本意ながらもイルに中庭の池を雪で埋めて割れぬようコーティングすることを命じた。



しかし、その二週間後ユーリがそこで足の骨を折ることになることなど、私は想像すらしなかった。

                                  (おわり)

      

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