とばっちり
 
               by まつさん
 
 僕は、デイル・ムワタリ。
 先月、今まで母が務めていた、ガル・メシュディ(近衛長官)の任を引継いだばかりでもある。
 今回の騒動は
「殿下、ユーリと申す若い娘が朝早くに尋ねてきました。」
 と言う、とんでもない新入りの召使の一言で始まった
「ユーリ?」
 僕は、いやな予感がした。『ユーリ』って名前・・僕は一人しか知らない。でも、まさかな・・色々考えていると
「黒髪、黒い瞳の14〜15歳くらいの異国の貧相な小娘でして・・・」
 黒髪、黒い瞳の異国の少女?やっぱりそれって、もしかして・・・・
「それで、その娘・・・いえ・・・そのお方は・・・」
 事もなげに、召使は言った。
「ご安心下さい。早々に追い返しました。」
「追い返した?」
 硬直している僕にかわって忠実な従者の双子が問う。
「ええ!伴を一人もつれずにいきなりやって来て、殿下縁の者だから、殿下に合わせろなんてふざけた事を言っていたので水をかけて追い返しました。そういえば、見事な青毛の馬に乗っていたな。あんな小娘には、もったいない・・・」
 大胆(大柄ともいう)な新入りの言葉に、こんどは双子が硬直している。
「お前、名前を何て言う?」
 僕は、怒りを堪えながら、聞いた。
「私は、ウセルと申します。」
 人の気も知らないで、うれしそうにウセル(いや、新入りで十分だ!)は答えた。
「そうか・・・ウセルと言うか・・・では、聞こう。僕の母上は誰だか知っているか?」
「もちろんです。現皇帝陛下の御正妃であらせえられる、タワナアンナ イシュタル様でいらしゃいます。」
「そうだ。正解だ!しかし、よく覚えておけ。お前の言う所の、貧相な小娘が、僕の母の ユーリ・イシュタルだ!皇妃陛下に対して無礼の数々覚悟しておけ!」
 とんでもないことになった。父上のお叱りは免れない。いや、それよりも、母上に何てお詫び申上げればいいんだ!
「双子達、王宮へいくぞ!!急げ!!!」
 青くなっている新入りを尻目に、あわてて部屋から飛び出そうとした、その時、
「兄上!!」
 弟のピアが、すごい勢いで飛び込んできた。
「ああ、ピア、わざわざ僕の宮まで来てどうした?」
「兄上!大変です。かあさまが・・・家出しました。」
「なんだって?!家出?脱走ではなくてか?」
 僕と双子達は顔を見合わせた。
「今朝びしょぬれで帰ってきて、着替えると言って部屋にこもったまま、いつまでも出ていらっしゃらないから、おかしいと思って部屋に入ってみたら、このタブレットが置いてあって、王宮中をおさがしたんだけど、行方がわからなくって・・・」
 僕は、ピアが手に持っている(握り締めている)タブレットを半ばひったくる様にして取り上げ、急いで文章をよんだ。
「思うところあって、1ヶ月間くらい出掛けます。心配無用。どうか探さないで下さい。子供達、いい子にして皆の言う事をよく聞くのですよ。〜ユーリより〜」
 癖のある楔形文字。・・・まちがいなく母の字だ・・・しかもわざわざ御丁寧にアッカド語(国際公用語)で綴ってあった。
「ピア、父上は何とおしゃっている?」
「いえ、まだ父様には報告しておりません。イル・バーニには、ハディから連絡がいってます。」
 イル・バーニは、元老院議長で、父の側近の一人だ。
「何で父上にお知らせしないんだ?」
「イル・バーニが、父様には今日中に採決していただかないと困る政務が幾つか在るので、報告したら、政務どころでは無くなってしまうって・・・」
 母上を溺愛している父の事だ。「家出した」何て耳に入ってしまったら確かにそうなるだろう。母が見つかるまで国の機能が麻痺してしまう。
 イル・バーニの判断は間違っていない。当然といえよう。しかし・・・
「でも、いつまでも隠し通せる訳がないだろう。」
「だから、会議を行っている間に兄上か俺に何とかしてほしいと言っているんですが・・・兄上、どういたしましょうか?」
 ピアは顔面蒼白である。
「決まっているだろう。僕達がいや、僕がお探しする。」
 しかも、今回の家出の理由には、絶対今朝の事が絡んでるのだろうし・・・何としてでも、お探しして謝罪しなければ!
「ピア。お前は、マリエとシンの相手をしていろ。決して母上が恋しい等と泣かれない様に。あと、イル・バーニにせめて今日1日は父上に内密にしておく様にと言ってくれ」
 とりあえず、指示を出し、さあ!探しにいくぞ。・・・と気を引き締めた時に
「デイル様、ピア様。王宮から・・・あの・・・父が・・・・・」
 双子があわてながら報告した。双子の父親は、キックリと言って王宮の馬事総監兼父上の唯一の侍従もしている。
 そのキックリが来たとすると・・・やっぱり・・・
「あちゃ〜。もう父上にばれたか・・・しかたない。ピア、一旦王宮に行くぞ。」
 僕達は、一路、王宮へ急いだ。

 王宮の父の政務室に入った。予想通り部屋の中をうろうろしていた父は、僕達の姿を目にしたとたんに倒れんばかりの表情で言った。
「ああ!デイル、ピア、大変だ。私のユーリがいなくなった!」
 母が宮から脱走するといつも言っている御馴染のセリフである。かなり聞き飽きた感もする。父の後には苦い顔をしたイル・バーニが立っている.
 とりあえず、父はピアに任せておいて、僕はイルに話しかける。
「イル・バーニ苦労かけるね。」
 イルは、肩をすくめる様な仕草をしながら
「いいえ。こちらこそ殿下方には朝からすみません。早速ですが、皇妃様の捜索をお願いできますか?」
と聞いてきた。
 もちろん僕は快諾しようとしたところ、
「いや、私が行く。」
と、父がいった。
「陛下?」
「父上?」
「父様?」
「私がユーリを探しに行くといったのだ。イル、後はまかせたぞ。」
 執務室から出て行こうとする父に
「お待ちください!父様!俺と兄上で必ず母様はお探ししますので、父様は政務をしていて下さい。」
 ピアがあわてて父のマントを引っ張る。
「そうですよ。陛下!今日中に採決していただかなければ困る政務がたくさん残っております!政務を蔑ろにすれば皇妃様も大変嘆かれましょう。」
 イルも引止めにやっきとなる。
「ユーリは私の唯一の后だ。子供に任せて夫たる私が探さなければどうする。
皇妃行方不明という帝国の危機だ!何よりも優先すべき事だ。」
 父は、さも当然といわんばかりだ。
「ですが陛下、ユーリ様は1月程でお戻りになられるとおしゃっているではありませんか。
あの議案を採決していただかなくては、国が路頭にまよいます!」
 イルは食い下がる。
 しかし、父も負けてはいない。
「一月も皇妃不在が続くのだぞ。その間の皇妃の政務が出来ないとあれば、帝国のシステムが狂う」
 すると、イルはしたり顔で
「ああ、皇妃様の分の御政務は向こう1月分は済まされてあります。」
 しれっと言った。
「1月分?!」
「はい。ここの所、何かに取り付かれた様に政務に励んでらっしゃいました。いつもこうだとよろしんですが・・・」
 のほほんと他人事のようなイルの様子。
「そうか・・・そうすると、計画的にユーリは消えたという事か・・・」
「はい。その様にお見受けします。」
「わかった・・・政務を片付けてからにしよう」
 めずらしく父が折れた。
「では、議会の再開の準備を致します。陛下もお急ぎください。」
 イル・バーニは一礼すると退出しようとした。そのとき、僕は迂闊にも不用意な一言を声に出してしまった。
「・・・そうか・・・今朝の事にお怒りで、飛び出していかれた訳ではないのか・・・・
あれ?だとすると、母上は、わざわざ何故早朝に供も連れずに僕の所へきたんだ?
出掛けるって言えば反対されるのは、分っているだろうに・・・」
 僕のつぶやきに、皆が反応した。
「何?!」
「皇妃様が!」
「兄上、今朝お伺いした時には、そんな事一言もおしゃって無かったではありませんか!」
 全員がすごい勢いで詰め寄ってくる。あとずさりしながら
「ちょっと・・・皆、落着いてください。」
 僕は言葉を繋げた。
「正確に言えば、僕はお会いして無いです。使用人の話によると、お一人で早朝にアスランに乗ってきて、僕に会いたいと言っていたようですが・・・」
 ぼくは言葉につまった。非常に言いにくい。
「ようですが?・・・・」
「それからどうしたのですか?」
「どうした?続けろ。デイル。」
 ええい!
「僕に何も報告も無く、使用人の独断で門前払いしたと後から報告を受けました。」
「・・・・・」
「・・・しかも、水をかけて追い返したそうです・・・」
「お前、母親に水をあびせたと・・・」
「兄上、それでは、母様が今朝びしょぬれで帰ってきたのは・・」
「何と言うことを・・・」
 知らなかったにせよ、僕の落度には違いない。だまっていると、双子の従者が
「恐れながらもうしあげます。今回の事は本当に殿下は御存知ではなかったのです。
新入りに門番を任せたのは我々の落度でございます。申し訳ございません。
どのような処分も受けます。」
と、平伏しながら言った。
「いいや、ちがうよ、双子達。悪いのは僕だ。僕の管理が甘かったんだ。
父上。責任は全部僕にあります。申し訳有りません。咎は僕がとります。」
 頭を下げた。
「知らなかった事とはいえ、皇妃に・・・母親に向かって水を掛けた上、門前払いにするなどとは、許される事ではないぞ。」
「はい・・・・。」
「しかし、皇妃に断りも無く処分を決めたのであっては、後からどんなそしりを受けるか分らん。したがって、皇妃が戻るまで保留にする。」
「父上・・・」
 顔を上げると悪戯っぽく笑っている父の顔があった。
「謝る相手を間違えてるぞ。私ではなく、母様によ〜く誤りなさい。なに、心配するな。
この事を知っているのは、ごくわずかだ。揉消しはいくらでも可能だ。あとは、デイル分かるな?」
「はい!父上! 双子達。ウセルを逃がすな。目撃者達に口止めも忘れるな!」
「はっ!かしこまりました。」
 双子達が走っていく。
「ウセル?」
ピアが不審そうな顔をする。
「ああ、例の新入りの名前だよ。エジプト系かな?・・・褐色の肌をした金髪の・・・あれ?父上?どうかしましたか?」
「金髪?エジプト系?ウセル?おい、まさか、瞳はオッドアイなんて言うのではないだろうな?」
「ええ!そうです。父上。よく分りましたね。」
「・・・あの名前の者には・・・ろくなのはおらぬな・・・」
「????父上?ウセルをご存知なのですか?」
 何か父上の機嫌が悪くなりつつあるような・・・
「いや・・デイル。ユーリの捜索は、とりあえずピアに任せる。
お前は宮殿警護およびメシュディをまとめろ。それからピア、収穫があろうが、なかろうが、必ず1日に1度は連絡を入れる様に。」
「はい!父上。必ず。」
「では、行け。」
「はい。失礼します。」
 僕達は執務室を後にした。さあ、がんばらなければ。
「デイル様、ピア様。お待ち下さい。」
母付の侍女で宮廷女官長のハディが声を掛けてきた。
「何?」
「はい。マリエ様とシン様が皇妃様の事で、ちょっと気になる事をおしゃっておりますので・・・」
「マリエとシンが?わかった。顔を出していくよ。」
「お願いします。」
 ちなみにマリエは妹とシン2番目の弟である。二人とも普段はとても大人しいのに・・・
 やっぱり、母親がいなくなって不安になっているのかな?
 マリエの部屋にノックして入る。
「あっ!デイル兄様だ! にいさま〜おはようございます。」
「ああ。シンもいたのか。おはよう。元気そうだね。」
「うん!今日こそは遊んで下さるのでしょう?」
「悪いけど、これから仕事なんだ。」
「え〜そうなの?つまらない〜」
「ごめんな。又今度遊ぼう。それよりマリエ、母様の事で何か知っている事ある?」
「母様の事?」
「うん。そう」
「兄様!僕ね〜母様が、オヘンロサンやりたいって言ってたのしってるよ。」
「オヘンロサン?」
「うん。あのね〜オヘンロサンって何って聞いたらね〜ジュンレイの事だって・・・」
「ジュンレイ?・・・ああ!巡礼の事か!」
「それにね〜砂漠に行くのだったら、お水と塩は必要だよね・・なんて言ってたよ。」
「あ〜!シンったらズルイ!兄様が私に聞いていたのに・・・」
「こら。ケンカはやめなさい。マリエ、シン。僕達はこれから仕事だから、二人で仲良く遊んでいろよ。」
「うん!お土産買ってきてね!」
「兄様。僕にも!」
「わかったよ。いい子にしているんだぞ。」
 よし。これで手掛りを1つ掴んだぞ。しかし、『砂漠』と『巡礼』どんな繋がりがあるのだろう?
 考えていてもしょうがない、ここは知っていそうな人間に聞くのが1番だ。父とイルは現在会議中だから・・・
「キックリ、ちょっと聞きたい事があるのだけれど。」
「殿下方。なんでしょう。」
「どうやら、母上は砂漠方面へ巡礼に行くって言ったらしいのだけど、思い当たる所はない?」
 しばらく考えていたが、思い当たる節があったらしい。
「殿下。もしかしたら、エネサかもしれません。」
「エネサ?エジプトと国境の?何でまた・・・」
「それは・・・」
 僕達は、初めてそんないきさつを始めて聞いた。父にシンと同じ名前の腹心の弟がいた事。エネサ近くの砂漠で暗殺され遺体もまだ見つかって無い事。何よりも母を命がけで守ったという事・・・
 父も母もどんな想いでいたのだろうか・・・なるほど、確かに巡礼というにふさわしい。
「わかった。キックリ、すまないけども父上にエネサへ行くと伝えてくれ。あとピアの馬を出しておいてくれるかい。」
 キックリと厩へ行こうとすると、マリエが追いかけてきた。
「あ!いた!兄様よかった!」
「マリエ。そんなに息せき切ってどうしたんだ。」
「あのね。兄様。母様あと、ビブロスも外せないなんて言っていたの思い出したから・・・」
「ビブロス?・・・そうか。わざわざありがとう。マリエ。」
「マリエ、お兄様のお役にたてた?」
「もちろんだよ。本当にありがとな。それと、シンの面倒もよろしくたのむよ。」
「うん!お兄様達もお気を付けてね。」
 マリエは言いながら後宮のほうへ走って行った。
「キックリ、ビブロスには、母上の縁の場所があるのかい?」
 すると今度はすぐに答えが返ってきた。
「はい。ですが場所までは・・・皇妃様しか・・・もしかすればルサファなら・・・」
「ルサファ?近衛隊副長官の?父上ではなく?」
「ええ。」
「・・・分かった。それではこれからルサファの所へ寄ってから出発するから、その間に準備しておいてくれ」
「かしこまりました。」
 僕達はキックリと分かれてルサファのいる近衛隊作戦室へ急いだ。
「ルサファ、ちょっと訊きたいことがあるのだけど、いいかな?」
「これは、殿下方。どうぞ。」
「他でもない母上がらみの事なのだが、教えてもらいたい。」
「私で分かることでしたら。何でも」
「母上はどうやらビブロスに行ったらしい。あそこには、母上の縁の場所があるのだろう?何所か教えてほしい」
「殿下方!!なぜその事を!!・・・申し訳ありませんが、私の口からは・・・」
「ルサファ、俺たちは理由を聞きたいんじゃない。母様が行く場所を知りたいだけなんだ!」
「・・・・分かりました。」
 ようやく場所を聞き出すことに成功した僕達は、ピアは母上を探しに、僕は父上に報告に行った。

「ピア、母上を頼む。」
「はい。兄上も父様と弟妹達を頼みます。なんだか、朝言われた事と逆になりましたね。」
「全くだ。遅くならないうちに行け」
「では、失礼します」
「気を付けろよ!」
 弟はハットウサを飛び出して行った。

 それから、3週間後。弟は母を連れて戻ってきた。一緒の馬で・・・・
 母が弟に嬉しそうにピッタリと寄り添っていると言うおまけ付だ。
「ピア、ご苦労であったな。」
 顔をひきつらせている父の姿が印象的だった。
 やれやれ・・・

「母上!本当に申し訳ありませんでした!」
 僕が平謝りしたのは言うまでもない。(母はすっかり忘れていた様だ。)

 ウセルは僕の宮からはクビにしたが、母に気に入られてしまった様で、今は元気に王宮で働いている。
 
 僕はと言うと、母を帰ってくるなり父が寝所に1週間閉じこめて(篭って)しまったので、その間の2人分の政務をイルに押し付けられた。

 ピアのカルケミシュ行き(知事職)が急に決まったには、それから1ヶ月後の事だった。

                                    おわり?

     

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