ナッキー☆マナーサイト


「侍女や、いったい今日はなにをしておるのじゃ!?」
 激しい破壊音と共に、木製の扉が弾け飛んだ。
 残骸の中に仁王立ちしているのは、当然ナキアだ。
「ま・・まあ、姫さま!!」
 なにやら壁際に向かって背中を丸めていた侍女は、あわてて向かっていたものを背中で隠そうとした。
「無駄無駄むぅぅだぁぁぁ!!」
 叫ぶと同時に、ナキアの右ストレートが侍女の身体を吹き飛ばした。
「ひぃぃぃ!!」
「この私に隠し事をしようとは、愚かなヤツ!!」
 泣き崩れている侍女に侮蔑の言葉を投げつけると、ナキアは机の上でぴかぴか光っているものをのぞき込んだ。
「なんじゃ・・これは?」
「ああああ!!姫さま、お願いです!!」
「ふむ?」
 ナキアは、それ・・PCに手を伸ばした。
「おまえ・・私の所に伺候しないと思ったら、パソコンでアダルトサイトを覗いていたのか?」
「違いますぅぅ!!」
 しゃくり上げながら、侍女はナキアにすがりついた。
「私は、姫さまのタメを思って・・」
「『おぬしもワルよのう』・・これはサイト名か?ふざけた名前だ!」
 片手で軽く侍女を突き放すと、ナキアはパソコンデスクの前にどっかりと座り込んだ。
「どれ、おまえがどのようないかがわしいモノを見ていたのか調べてやろう」
「いかがわしくありませ〜ん!このサイトの経営者は姫さまのファンなんですよぉ」
 侍女はまだ分割払いの残っているPCを涙に潤んだ目で見つめた。
「・・なに?私のファンとな?ふむ、ここに自己紹介がある・・・なになに?夢はナキアさまのような知性あふれる美しいナイスなばでぃ・・・などとはどこにも書いておらぬではないか!おまえ、私をたばかったね?」
「たばかってません!!『魚心あれば水心』をクリックして下さい!ほら、姫さまのお名前が・・・」
「なんじゃ、この気の抜けたレイアウトは・・全部が左に寄っておるぞ?」
「それは、管理人がいつも画面に『お気に入り』を表示していたからなんですよ〜気がついても直そうとしなかったんですね」
 侍女はどこかあきれた表情で言った。目のまわりは赤いが、もう泣いてはいない。
「ふつう、レイアウトは最大で考えないのか?」
「管理人、抜けてますから。ついでに面倒くさがりですしね」
「おまえ、ずいぶんと管理人に詳しいではないか」
 ナキアの疑わしげな目線に、あわてて首を振る。
「管理人の人柄は日記を読むと分かりますよ!『よいではないか』が日記になっています。ここでは、本日UPした小説も確かめられるんですよ!それから、更新履歴もちゃんとあります。『ささ、一献』をクリックして下さい。ここからは、直接『奥座敷』に行くことも出来るんです!!」
「『奥座敷』とは・・なんだ?」
 やはり、おまえ怪しいモノを?とナキアの眼光が鋭くなる。
「いえ、ちょぉぉっとお子さまにはなんだなあ、という小説が並べてあるだけですよ・・ほら、一応アダルトサイトじゃないですからね!」
「・・・ふむ?ここもまた・・・乱雑なレイアウトだのう」
「ま・・まあ、仕方がないですよね?」
 ナキアは興味深そうに、いくつかの小説をクリックして読んでみた。
「・む、確かに、この私が活躍しておる・・なるほど、管理人が私のファンというのもうなずけるな」
「そうでしょう!実は私もね、この中では『クッキング・シリーズ』がお気に入りで・・」
「たわけ!『クッキング・シリーズ』は私が主役ではない!」
 腕で頭を防御した侍女に、ナキアはにやりと笑った。
「まあ、カイルのやつが苦労しているのは読んで愉快だがのう」
 侍女は激しくうなずいた。
「でしょう?でしょう?それからね、こちらは『話というのは』がBBSになっているのですよ!」
「BBSか?私のファンが集っているのか?」
 ナキアがBBSの書き込みを熱心に読み始めた。
「うむ、確かにすべて私への賛辞だ・・ふむ、私もなにか書いてやろう。崇拝者ども狂喜するぞ」
「えっ?姫さまが書かれるのですか?」
 不安そうな侍女の前でナキアは投稿者欄に『ナキア』と書き込んだ。
「ひっ!姫さま、なりません!本名はお書きにならないで下さい!」
「なぜじゃ?」
「だって、BBSはどこの誰が見ているのか分からないんですよ?だから、事故に巻き込まれないためにも、本名や、年齢、住所、電話番号、職業など個人が特定されるコトを書いちゃだめです!もちろん、スリーサイズもだめです!」
 ナキアは鬱陶しそうに侍女をながめた。
「馬鹿か、おまえ?私が誰か分からないのなら、私の崇拝者達が喜ばぬではないか」
「でも、これはBBSの規則なんです!あ、そうそう、万が一、だれかの書き込みを見て、その人の住所なんかが分かっても、『ずばりあなたはハレブに住んでいるでしょう?』なんて書いちゃだめですよ?だって、近所の人しか分からないはずの情報が関係ない人にも分かっちゃうことになりますから!」
「むむむ・・・つまらぬ!」
 侍女はさらに畳みかけるように繰り返した。
「いいですね、個人情報は一切ダメです!自分の情報も、他人の情報も!私的に交換したメールの内容をBBSに書いちゃうのもダメです!メールだって充分個人情報なんですからね!」
「・・・では、この『このまえのメールのお返事ですが、ほうれんそうです』というカキコはどうなのだ?」
 ナキアが指し示した場所には、確かにそういったことが書かれていた。
 侍女は困った顔をした。
「・・本当は、それもいけないんですよ。メールの返事は、必ずメールで、が原則です。『メールを送りました』くらいはいいですけどね。でも、誰かと誰かがメール交換している、というのも厳密にいえば個人情報ですよね?」
「・・・難しいな。ま、それはそうと私は書き込むぞ。HNはアキナにして・・・題名?『みなの話はよく分かった』」
「ちょ、ちょっと姫さま!それはいけません!!」
「なにがいけない?」
 不機嫌なナキアにひるみかけるが、侍女はとどまった。
「初めての書き込みですから、やっぱり挨拶から始めましょうよ!題名は『初めまして』内容の冒頭は『いつも楽しく読ませていただいております』これぐらいでないと」
「私に低姿勢で出よ、と言うのか?」
「そういう問題じゃありません!礼儀です。初対面の時は誰だって挨拶をするでしょう?」 侍女は聞こえよがしにため息をついた。
「バビロニアの王女ともあろうお方が、礼儀知らずと思われては・・」
「私がバビロニアの王女だと、なぜ知れる?」
 ナキアは鼻の穴をふくらませた。
「身分など知れるわけがない!」
「そうとも言えませんよ?管理人からはIPアドレスは分かるし、そこからPCの使用者だって、調査しようとすれば可能です。姫さまはバビロニアに恥をかかせるおつもりですか?」
「む、むう」
 ナキアが黙り込んだ。侍女は首をかしげた。
「・・姫さま?」
「では、カイルの悪口を書こうと思っていたのだが、出所がばれるのなら困ったな」
「悪口ですって!?とんでもありません!!」
 侍女が叫んだ。
「BBSに悪口を書くのは、もっとも卑劣な手段ですよ?いいですか、BBSには悪口や、中傷誹謗、人を傷つける書き込みは一切ダメです!ああ、それからトラブルになる可能性が高いので、商取引関係もダメ!金銭がからまなくても『〜〜を譲ります』ってのもダメですからねっ!」
 さしものナキアも、侍女の剣幕にたじたじとなった。
「む・・分かった、分かった、そのようなコトは書かぬ。・・・うるさいヤツだ。ああ、もうBBSは面倒になった。仕方がない、管理人に直接メールを出すぞ」
 さっさとTOPページに戻ると、『それは、よしなに』をクリックする。ここは管理人のメールアドレスになっている。
「うむ・・そうじゃ、せっかくだから管理人に私のブロマイドを添付してやろう」
 ナキアはほくそ笑むとデジカメを取りだした。その腕に侍女がまたもやすがりついた。
「いけません、姫さま!初めてのメールに添付ファイルをつけるのはルール違反です!」
「ルール、とな?」
 侍女は真剣な顔でうなずいた。
「添付ファイルはウイルスの危険があるんです。だから初めてのメールに添付ファイルがついている場合は、受け取った人は普通そのまま削除することになっています。そうそう、画像ファイルは開けないことも多いのでさけた方がいいです」
「失礼な!この私がウイルスなどしょうもないものを送ると思うか?しかし、まあ、削除されてしまっては仕方がない。今回は添付はやめよう」
「姫さまだって、添付つきメールは危ないから捨てた方がいいんですよ?ああ、ウイルスの中にはアドレスから勝手に送信者を選び出してファイルを送りつけるものもあります。だから差出人がたとえばナディアさまになっていたとしても、添付ファイルがウイルスな可能性もあるんです。だからファイルを送るときには、本文に『今回はファイルの添付をしています』と書いた方がいいですね。ちゃんとファイルの名前も明記して」
 侍女に念を押されて、ナキアはしぶしぶデジカメをしまいこんだ。
「ナディアを・・バビロニア王女を騙るウイルスもあるのか・・物騒だな。まあ、よい。管理人にメールを出すぞ。メールも挨拶からか?」
「さすが姫さまです!そうです、基本的にメールだってBBSと同じです。挨拶と、HN紹介を書くのが礼儀です。それから作品の感想などを書くと良いですね。もちろん、悪口なんかはだめですよ!」
「・・・おまえは口うるさいな」
「姫さまのために言っているんです!」
 侍女の顔を見ていたナキアは、ぽんと手を叩いた。
「おまえを見ていて思いついたぞ!バビロニアから嫁いだ、か弱い王女が意地悪な侍女にいたぶられながらも見事タワナアンナになるサクセスストーリだ!さぞや、私のファンも喜ぶことに違いない」
「・・・なんですって?」
「気にするな、それより管理人に投稿する方法をお教えるのだ!」
 ナキアはふんぞり返った。侍女の鼻先で立てた指を振る。
「管理人は泣いて喜ぶ」
「・・・投稿方法は・・まず、メールで「原稿を投稿していいのか」確認した上で、OKメールが来たらテキスト形式で添付にして次回のメールで送るんです」
「テキストだと?面倒な!文章作成ソフトの形式ではダメか?」
「ダメです!」
 侍女はきっぱりと言った。
「バージョンによっては読みとれないこともあるし、テキストだと直接張り込みができて作業が楽なんですよ。そうだ、添付ファイルには作品名をつけて、本文にもその作品名を書いておくのがいいですね。それが面倒なら、メール本文に直接、文章を書き込む手もあります。そのばあいは、『*=〜』マークなどで、メール本文と小説の区切りを明確にして!」
 ナキアは侍女の言葉を聞き流しながら、さっさとインターネットを閉じてしまった。
「うむ?また開くときに面倒か?」
「大丈夫ですよ、お気に入り登録してあるから!」
 侍女は頼もしげに胸を叩いた。
「お気に入りにしておけばいつだって簡単にHPにアクセスできますからね!そういえば、姫さま!お気に入りはページのTOPで登録した方がいいですよ?HPが移転した場合に、通知はTOPにしか出ませんから!」
「HPはそう簡単には移転しないだろう?」
「でも、考えて下さいよ。HPにアクセスするのは余所のお宅にお邪魔するのと同じことですから、窓や縁側からじゃなくて玄関から訪問するのが礼儀でしょう?」
「また礼儀か・・」
 ナキアは嫌な顔をして侍女に背を向け、しばらくPCに向かってキーを叩いていた。
「・・うむ・・どうも長くなりそうだ。とりあえず、これだけ送っておくか」
 侍女がPCをのぞき込む。
 ナキアはにんまりと笑った。
「どうだ?面白いだろう?」
 しかし、侍女はため息をついた。
「姫さま、これはいけません」
「なんだ?どこがいけない?」
「だって、これ、続き物じゃないですか。基本的に、続き物の場合は、作品全部が完成するまでHPにはUPしないんですよ」
「なんだと?」
「仕方ありません。だって、そうでしょう?もし続編が送られてこなければ、読者だっていつまでも中途半端な状態のまま放っておかれるわけだし・・もちろん、他のHPで完成作品を掲載しているとか、作品完成の実績があるなら別ですけどね。ああ、一度投稿した作品をやっぱり続かないから取り下げてというのも、ものすごく管理人や読者に対して失礼ですよね」
「馬鹿な、私はちゃんと続けるぞ!?」
「いくら本人がそのつもりでも、なにしろ管理人にとっては顔も見たことのない相手なんですから。姫さまもさっさと全部完成させて送りましょうよ。あ、全部できて長くなった場合にはいくつかに分けて送るのは大丈夫です。その場合は『何等分しました』と書いて送って下さい。でも、HPにUPするのは管理人の手元に全作品が届いてからですけどね」
 ナキアは、パソコンにフロッピーを差し込むと文章を保存した。
「・・やめた、今日は気が失せた。続きはまた書こう。・・・こんなに苦労させて、私の作品はきちんとHPに載るんだな?」
「それは分かりません」
 平然と侍女は言った。
「なんだと?」
 眉をつり上げたナキアに、侍女はまたしても指を突きつけた。
「管理人にも趣味があるんです。露骨な性描写や、他人を傷つけるような作品、管理人の趣味に合わない作品は当然UPしませんし、よそのサイトに似たようなものが載っている場合もダメです。もちろん、ものがパロディである以上、同じような設定はどうしても出てくるとは思いますよ?でもね、書き手の個性で設定が同じでも作品は全く違ったモノになるでしょうし、それを読み比べるのもまた楽しいでしょう。困るのは、いわゆるパクリ。これは、元の作品を書かれた方にたいへん失礼です。もし、他の人の書かれたものを読んで、それに従ったものを書きたいという場合には、元の書き手の方に了解を得ないと。ああ、この了解もBBSじゃだめですよ?衆目の中じゃイヤだと思っても断りにくいでしょうしね」
「なんだ、投稿も面倒ではないか!」
「そうです、面倒なんです」
 侍女はきっぱりと言った。
「しかし、管理人はもっと面倒なことをしているし、みんなが気持ちよくネットライフをおくろうと思ったら、それくらいの心遣いは当然です。気を遣ってこその人間関係ですからね!」
 ナキアは大げさにため息をついた。
「ああ、おまえの小言は聞き飽きた。私は、まだ読んでない話があるから、それを読んで気晴らしをするぞ!」
 ナキアはもう一度、『おぬしもワルよのう』にアクセスする。すると、カウンターが50000を表示していた。
「おお、見ろ!このような数字は初めてだ!」
「まあ、姫さま!キリ番ですよ!!」
 侍女が手を叩いた。
「なんてラッキーなんでしょう!!」
「ラッキーだと?なにか、もらえるのか?」
「いいえ!」
 またしてもきっぱりと侍女が言いきる。
「ここのサイトは、TOPのカウンターがキリ番でも、何一つもらえません、ただ勝手に喜ぶだけです。ああ、奥座敷のカウンターはリクエスト権が生じるんですけどね」
「リクエスト、とな?」
「はい、1000番単位とぞろ目の時だけ。番号は、奥に申告用ボードがありますから、そこに書き込むんです。リクエスト内容も同時に書くといいですね。そうそう、リクエストは簡潔に。あんまりだらだら長い注文をつけられても、書き手として困りますからね」
「こっちのボードは空いていて書きやすそうだな。私はここに書き込むことにしよう」
「ダメです!そっちはキリ番用!もともと、BBSが激流で、リクエストが流れていってしまうために、申告ボードだけ独立させたんです!だから、申告関係しか書かないで!」
 ナキアは唇を尖らせて、ボードを指した。
「これは、キリ番ではないぞ?」
 そこには、カウンター数字のごろあわせの書き込みがあった。
 確かに、その数字はキリ番でもぞろ目でもなかった。
「・・・これは、いいんです。管理人は駄洒落と語呂合わせが好きだから。裏カウンターで、おもしろい語呂合わせが出たら書いてもいいんですよ。まあ、特典はないですけどね」
 ナキアはため息をついた。
「なんだか、よく分からないサイトだな・・まあ、小説はまだいっぱいあるし、私はしばらくそれを読むことに集中しよう・・・ところで、おまえ。えらく詳しいじゃないか?」
 侍女は、きらきら輝く瞳で、天井の一点を見上げた。
「そりゃ、当然ですわ!だって、天河サイト多しといえども、この私、ナキア姫さまの侍女に脚光のあたっているサイトはここだけなんですもの!!」
「・・・つくづく、おまえも気の毒な女だな」
 ナキアは、つぶやいた。きっと侍女が睨み付ける。
「姫さまに言われたくはありません!!だいたい、花も恥じらう番茶も出花な乙女が、唯一心安らぐことがPCいじりなんて!誰のせいだと思っているのですか!?」
「知らん!それより、おまえうるさいぞ!落ち着いて読むこともできんではないか。仕方がない、このPCは私の部屋に持ってゆこう」
 言うがはやいか、ナキアはPCをよっこらしょと持ち上げた。とたんに、ぶちりといやな音がする。
「ぎゃぁぁぁ!!」
 侍女がカエルの潰れたような声を上げた。
 ぶらりぶらりと、空中でコードが揺れている。
「・・・なんだ?」
「モ、モジュラーがっ!!」
 叫んだ侍女が握りしめたのは、あわれぶち切れたコードと、見事に割れたモジュラージャックだった。
「姫さま、ひどい!!」
「むうう!なんとヤワなモジュラーだ!おまえ、こんな安物、よく使っていたことだね!これではネットが出来ないではないか!仕方がない、さっさと新しいモジュラーを買うんだよ?」
 弁償させられてはたまらないと、ナキアはさっさと部屋を飛び出した。
 残されたのは、侍女と、ネット不可能になったPC。
「・・ソケットも壊れている・・・ローン、まだ残っているのに・・・」
 侍女は、滂沱の涙を流し始めた。


              おわり
  

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