ぷりんさん奥にて15000番げっとのリクエストは「ザナンザを羨ましく思うカイル」・・ザナンザファンですね・・。



おみやげ


 子どもの頃、母上が私たちに言った。
「さあ、お祖父さまに会いに行きましょう」
 私たちは、荷造りに忙しくなった後宮で母の服の裾にまとわりつきながら、口々にお気に入りのオモチャを持っていくようにせがんだ。
 父上がやって来て、「叔父上によろしくな」と声をかけ、運ばせた大きな箱を母上に示した。
「かしこまりました、陛下」
 母上がそう言ったような記憶がある。
 私たちは、母の実家が所有する荘園に向かう途中で輿から下りて馬に乗りたいとか、あそこで光っている湖に入りたいとか、大騒ぎした気がする。
 道中あんまり騒いだので、荘園につく頃には疲れて眠ってしまっていた。

 翌朝、寝台の中で目を覚ました私は、隣でまだ眠っているザナンザの肩を揺さぶった。「ザナンザ、起きて!」
 ザナンザはころころ転がって、寝台からすとんと落ちた。
「兄上、ここどこ?」
 ねぼけた声がした。私は端まで這っていて、まぶたをこすっている弟をのぞき込んだ。
「母上のお家だよ!お祖父さまにお会いするんだ!」
 祖父は知事を務めていたためにハットウサでお会いすることはなかった。
 だから私たちはときどき贈り物を下さった祖父に会うことを楽しみにしていたのだ。
「そうだ、お祖父さまにお会いするんだね」
 ザナンザはにこにこすると、お気に入りの弓矢を取りに立ち上がった。
 一番新しい贈り物は、私には本物の小さな鉄剣、ザナンザには弓矢だった。
 幼い私たちの手にちょうど合うように小さく作られた武具には、ふんだんに宝石がちりばめられていた。
 明るい場所で取り出すときらきらして、私たちはときどきそれをぼおっと眺めたものだ。「まあ、二人とも起きているのね?珍しいこと!」
 母上が乳母と一緒に入ってきた。
「食事もしないで眠ったんだもの、お腹が空いているでしょう?」
 後には、食事を捧げ持った侍女達が続いている。
「うん、お腹ぺこぺこ」
 私たちは声をそろえて言うと、母上のそばに駆け寄った。
「お祖父さまにはいつお会いできるの?」
「ボク、弓矢が飛ぶようになったって、お見せするんだ!」
「まあ!」
 乳母が声を上げた。けれど、母上はそれを制した。
 にっこりと私たちに笑う。
「お食事の前には、お顔を洗うのよ?」



 この日、祖父に会うまでは、私とザナンザは自分たちが違う立場にいるのだとは思いもしなかった。
 母親の違う兄弟。
 それがどういうモノなのかは知っていた。けれど、他の兄や姉のように、ザナンザもまた母親が違うのだとは、考えたこともなかった。
 後宮のどこにも、ザナンザの母がいなかったからだ。
 私たちはいつも一緒にいて、母上に抱きしめられ、添い寝をしてもらい、時には叱られた。母上は私たちを分け隔てなく扱った。
 実家から贈られる箱を目の前で開き、いつも二人に分け与えた。
「この剣は・・カイル。ザナンザには弓がいいわ」

 私たちがつつきあいながら食事をしていると、突然祖父が現れた。
「ま、まあ、殿下!」
 侍女が腰を浮かせた。(祖父もまた前々皇帝の皇子である)
 いかめしい髭の老人は手で慌てる侍女達を制すると、破顔した。
「おお、殿下!大きくなられましたな!」
 そうして、武人らしい力強い腕が私の身体を軽々と持ち上げた。
 私は祖父の髭の立派さに圧倒され、ようやく口にした。
「お祖父さま?」
「そうだよ、カイル殿下」
 私が母上を振り返ったとき、その表情がとても哀しそうだったのが目に焼き付いている。
「お父様、子ども達は・・」
「ヒンティ、ザナンザ殿下の祖父殿はもう伺候しておるぞ?」
 私を抱き上げたまま、祖父は言った。
 私は、ぼんやりと考えた。
 私のお祖父さまはザナンザのお祖父さまとは違うのか?
 立ち上がって、次に抱き上げてもらうのを待っていたザナンザがやんわりと乳母の腕に抱き取られるのが見えた。
「カイル殿下、私の作らせた剣や弓は気に入っていただけましたかな?」
「ボクは・・」
 剣しかもらっていない、とは口に出来なかった。
 なぜかそれを言ってはいけない気がしたのだ。
「うん・・ありがとう・・」
 乳母が、部屋を出ていく。ザナンザのはしばみ色の瞳がいっぱいに見開かれていた。
 祖父の笑い声は力強かった。
 私は、祖父の言葉にうなずきながら、母上の潤んだ瞳を見上げていた。



 私は、母上からザナンザの母親のことを聞いた。
 生後間もないザナンザを残してその母が逝った時、まだ乳の張っていた母上はザナンザを育てることにしたのだという。
「だから、ザナンザも大切な私の息子よ」
 そう言って、私の髪をなんども撫でた。
 私はザナンザのコトを考えた。
 きっと、いまごろどこかで泣いている。
 母上がボクの本当の母上でないのなら、ボクの母上はどこにいるの?
 母上は、ザナンザに話してくると言って立ち上がった。
 私は、ぼんやりそれを見送った。
 部屋の中には、祖父が持ってきたたくさんのオモチャや子供用の武具があった。
 みんな、私だけのために作らせたモノだという。
 窓からの光を反射して、それはきらきらと美しかった。



 ザナンザの祖父は、貴族でも末席の方だという。ハクをつけるためにツテを頼って皇家に娘を仕えさせた。
 その娘が、主人に従って王宮に出仕し、たまたま皇帝の目に留まった。
 寵が深くなる前に、産褥で世を去ったのは不幸なことだった。
 身分のないまま、祖父は実の孫にも自由に会うこともままならない。
「ボク・・お祖父さまに、お会いする」
 一日寝室に籠もった後、ザナンザが言った。
 母上は、うなずいた。
「そうなさい、ずっとあなたに会うのを楽しみにしていらっしゃったのよ」
 そうして、父上から預けられた箱を示した。
「陛下から、お祖父さまへ預かってきたものもあるの」
 そうして、ザナンザを強く抱きしめた。
「あなたは私の本当の息子のようなものだけど、本当のお祖父さまを忘れてはいけないわ」



 私は、祖父の荘園の屋上までかけ登って、庭の木立の中を歩いていくザナンザを見た。
 ザナンザは、ひどく痩せた老人に手を引かれていた。
 そのまま、弟がどこかに連れ去られそうで、私は必死になって二人の姿を目で追った。
 細い老人が、ザナンザを抱き上げる。
 娘を失った老人は、私の祖父とそう年齢は変わらないはずだった。
 乳母が、身体が冷えますとなんども繰り返していた。



「ボク、お祖父さまが好きだよ」
 帰ってきたザナンザが頬を染めて言った。
「あのね、たくさんお話をしたよ・・死んじゃった母上のこととか」
「ボクたちの母上はお元気じゃないか!」
 私は、自分が腹を立てている理由が分からなかった。
「・・うん、でも・・」
 ザナンザは困った顔をした。
「兄さまとは違う母上がボクにはいるんだよ」
「知らないよ、そんなこと!」
 私は言うと、布団をすっぽりとかぶった。
 いろいろなことが一度に頭の中をぐるぐる回っていた。
 祖父から贈られた新しいオモチャや、武具や、ひごく痩せた老人や、二人で歩いているザナンザや、聞こえない会話や・・・
「兄さま、兄さま!」
 ザナンザが私を揺さぶる。
「・・・なんだよ!」
 布団をはねのけた私の目の前で、きらきらとまわっているのは。
「風車だよ。お祖父さま・・ボクのお祖父さまが、兄さまの分のおみやげだ、って」
 見れば、私に差し出した方とは別の手に、同じ風車がくるくる回転している。
「ボクの?」
「うん・・おんなじだね」
 言うと、ザナンザは速度の弱まった風車をふうっと吹いた。
 私は、手を伸ばして、風車を受け取った。
 ザナンザが風車を吹く。
 私も、風車を吹く。
 二つのちいさな風車は回り続ける。




 風車が回っている。
 私は知らない間に微笑んだのかも知れない。
 ユーリが首をかしげる。
「カイル?」
 私は、風車を先ほどから手を伸ばしているデイルの指の中に戻した。
 笑い声を立てて、デイルが風車を振った。
「・・・・かあさまのお土産が気に入ったようだな・・」
 私は言うと、デイルごとユーリを抱きしめた。
「まったく、私と息子をほっておいて王宮を脱出するなんてとんでもないかあさまだが」
「ごめんね」
 ユーリが小さくつぶやく。
 反省しているのだろうか?どうせ、すぐ抜け出すくせに。
「お土産で懐柔できたと思うなよ?」
「・・ダメ?」
「ダメだとも」
 街の匂いのする黒髪に顔を埋める。



「ねえカイル・・どうして風車をみて・・笑ったの?」
「笑ったか?」
「・・・うん、なんだか・・・懐かしそうだった」
 私は、デイルの持つ風車にそっと息を吹きかけた。
 軽い音を立てて、羽根が回り始める。
「・・・そうだな、羨ましかったからかな?」
「・・・?」




「ボクも、ザナンザのお祖父さま、好きだよ」
 私は、二つの風車を見ながら、心の中でそっと言った。


                       おわり
 

     

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