大奥の秘密

           
by千代子さん


 いつの時代にも女と嫉妬は切り離せないもの。ときの皇帝の寵愛の側室に対する正室の嫉妬、愛人に対する正妻の嫉妬、内裏を華やかに彩る女たちの裏の顔にくっきりと刻まれた嫉妬は醜いものでこそあれ、美談ではない。

 「餅は餅屋」という言葉があるけれど、嫉妬屋という店があったら女たちは嫉妬で命を落としたり、物の怪にならずともよかったかもしれない。

 町人の女たちの嫉妬であれば、腹いせに相手の亭主と懇ろになって、もしもそれが露見して鈴ヶ森の露と消えても女の意地を通せようけど、陸の女護ヶ島である大奥の女たちにとっては、自分だけではなく一族の出世もその一身に背負っているのだから、滅多な行動は起こせない。

 さて、この大奥に近頃将軍の寵愛を一身に集める中臈がいた。

 出は日本橋の大八百屋で、行儀見習と結婚のときに箔がつくようにと奉公に上がったお城で、どういうわけか将軍のお目に止まり、部屋を賜るまでになった娘であった。

 「おユーリの方は今日もまだ朝寝が続いておいでなのね」

 と囁かれるのも、初めのうちこそ恥ずかしかったのが、開き直ってしまえば一向に構わず、それも自身の器量と性格から周りの人へ悪い印象を与えていないことも判れば、それは寵愛から離れて久しい女たちの嫉妬としか受け取れず、聞き流すのもだいぶ慣れた。

 しかし、ユーリが将軍の寵愛を得るまでには、人にはけして語れない秘密があった。



 ユーリが側室として大奥に入ってまだ日が浅い頃、お付きとなった局から、
「お勉強なさいませ」
と渡された本の中に、このごろ流行りの浮世草子があり、その一説にあった話に妙な関心があり、これで上さまの心を繋ぎとめられる、と思った。
 このころ将軍には何人かの側室がいて、それぞれに寵を競っていたが、しかしユーリを除けばほとんどが相手にされなくなっており、側室たちは嫉妬の炎をユーリに燃やしていた。
 その嫉妬から発したいたずらでユーリ自身怪我をすることも想像できなくはなく、ではどうするか、と思いめぐらせば将軍の寵愛を確たるものにして、誰も入り込めないほどにしてしまえばよかった。
 それにはどうするか、と考えた矢先の、あの浮世草子であった。



 その夜、ユーリは将軍が部屋にやって来たとき、寝酒の相手を務め、褥に入ろうとした将軍の手を取り、軽く解いた帯を持たせた。
「なにをいたすつもりか?」
「勢いよく、おひきくださいませ」
 言われるままに将軍は帯を引いた。
 するとユーリの華奢な身体はくるくると舞い、まるで独楽のように回転した。


 将軍はもともと女好きで通った人だから、世にも面白いものを見た興奮で、その後何度もユーリに伽をつとめさせ、しかもユーリ自身の細やかな気配りからすっかり気に入り、ユーリは将軍の一の寵愛を得るまでになったという。

               

 昔、ある好色家が言うのに、悋気女房が角を生やしていれば男は縮こまり、かといって何事にもおおらかな女房では男は羽を伸ばし放題、それも困りものだ、とかの草子にある。
 まこと、男女の仲は止めどもない河の流れにも似て、ときに穏やかにときに激しく、ときには枯れ、ときに氾濫し、実に捉えようのないものである。


                 (おわり)

     

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