輪舞

              
 by千代子さん


 その日は月に一度開かれる王宮の宴だった。

 ユーリはカイルのとなりに正装でかしこまり、同座の者に微笑み返している。
 その姿はいかにも一国の皇妃に相応しく、威風堂々としていて、対する者にいささか威圧感を与えなくもなかったけれど、それはこの人特有の柔らかな物腰や言葉遣いから、ほとんど感じ取れるものではなかった。
 形ばかりの挨拶をしたにも関わらず、にこやかに微笑み返されたとき、思わず胸の高鳴るのを覚えてしまう、しかもそうさせた本人がそれに気がついていないだけ、皇妃の立場にあってもまだユーリは危なっかしかったろうか。

 宴もたけなわになってきた頃、ある諸侯から、
「皇妃さまにご献上を」
と、ヒッタイトの地方特産の黄金細工の装飾品一式を土産にと差し出された。
 ユーリは正装が苦手、女の子らしいことが苦手、とは言っていてもさすがに目を見張るほどの細やかな細工には心躍らされ、カイルに、
「いいのかな、こんなの貰って」
とか、
「明日はハディに、これに似合う服を揃えてもらわなきゃ」
とか、とても嬉しそうに耳にあてがったり首から下げたりしながら、隣のカイルにいちいち同意を求めたりしている。
 カイルはしかし、そんなユーリに頷きつつも、けして晴れやかな顔つきとまではいかなかった。
 後から思えば、ユーリがこの品を貰ったときからカイルの不機嫌は募っていったのかもしれなかったが、さすがに皇帝の立場から公の場で感情をあらわにすることもなく、見た目的にはいつもと変わらない陛下であったが、その心のうちはどす黒いものが渦を巻いており、気を抜けばこめかみが膨れていきそうだった。
 しかし無頓着なユーリはまったく気が付かず、送られた装飾品について同座した貴族の婦人たちとはしゃいでいるのだった。



 宴がはね、少し夜風にあたってから部屋に入る、というカイルに従って、ユーリも寝室に面した中庭に腰を下ろした。
 急場の座ではあったが、ハディがきちんとワインやつまみの物など揃えてくれ、少々酒が入っているのと心地よい風もあって、ユーリは知らずのうちに鼻歌を歌っていたらしい。
 ユーリはカイルの肩に凭れ掛かり、夜空に広がる星を見上げていた。
「ねぇカイル、星が綺麗だね」
「…………」
「あ、流れ星! …残念、お願い事間に合わなかったよ」
「…………」
「カイルはお願い事できた? ねぇ、カイル……」
 ユーリはこのとき初めてカイルの仏頂面に気が付いたようで、どうしたの?、と聞いてみたが返事がない。
「カイル?」
 ユーリは身体を起こして、そっと肩に触れようと手を伸ばしたが、カイルはそれを振り払うかのように立ち上がり、部屋に引き上げてしまった。
「待って、カイル!!」
 ユーリもすぐに追いかけたが、何しろ今日の正装のままの姿なものだから走りにくい。
 カイルが寝室のドアを閉めようとしたその隙間に滑り込み、ユーリは息を整えながら、
「どうしたの、カイル!? なんでそんなに怒ってるの?」
と着替え始めたカイルの背に向かって叫んだが、やはり返事はない。
「言ってよ、男らしくない!」
 カイルは部屋着に袖を通し、腕輪をひとつはずしたところで初めて振り返り、ユーリに近寄ってその胸元にある黄金細工の首飾りを引きちぎった。
「カイル!?」
 ユーリはとっさに後退りして逃げようとしたけれど、カイルの怒りに燃えた目に射すくめられて足がすくんで動けなかった。
 カイルはそんなユーリを見越してか、腕を掴むと寝台に押し倒し、力任せに組み敷くと、
「一体どういう了見なんだ!!」
と、ありったけの怒りを込めて怒鳴った。
「あの程度の細工のものなら、一生使っても使い切れないほどわたしが作ってやってあるだろう! なのにお前はどこの馬の骨だか知らん男から送られたものがそんなに嬉しいか!?」
「カイル…」
 ユーリは驚いて目を見張った。まさかカイルがそんなことを考えているなんて、と信じられなかった。


 カイルは怒鳴ったために少し気が落ち着いたのか、ユーリの腕を掴んでいた手の力を少し弱めた。その間にユーリはカイルの身体の下をすり抜け、起き上がろうとしたとき、カイルは逃がすまいととっさにユーリの腰帯を掴んだ。
 今日のユーリの服装は、例えて言うなら日本の和服のようなもので、袖こそないものの左前に合わせた布を太目の帯で幾重かに巻き、百合結びにしてあった。
 カイルが掴んだのはその端のところで、逃げようとしたユーリのために帯は解け、ユーリは勢いよくその場で回転する羽目になってしまった。

 ようやく帯が身体から離れたところで、二人はしばらく呆然とあっけに取られ、顔を見合わせて思わず笑った。
「やだ…カイルったらそんなことで怒ってたの?」
 ユーリはカイルの手から帯を受け取り、軽くたたんで脇の机の上に置き、その顔を覗き込んだ。
 カイルも少しバツの悪そうに、
「どうやらすっかり嫉妬してしまったらしい」
と、頭を掻く。
「あたしはカイルがくれたものが、一番よ?」
 カイルの唇に軽く自分のそれを重ねて、いたずらっぽく笑ってみせる。
「では、今夜は何が欲しいんだ?」
 帯が解けたおかげではだけたユーリの服を床に落として、カイルはわざと聞く。
「……判ってるくせに」
 言うとユーリは、カイルの首に腕を回してそのまま寝台に倒れこんだ。



 ……この後しばらく、皇妃の服装には帯があったという。


                (おわり)

    

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