密着


「おじちゃま、見て!」
 駆け寄ってきたピアが自慢げに一本の棒を差し出した。
「おや素敵ですね。それはなんです?」
 いちおう誉めてからサイボーグ・ザナンザは微笑んだ。
「タロシュがくれたの〜」
 ますます自慢そうに、ピアは棒を振り回した。
「タロスは、今日はデイルに剣を献上しにきたのですね」
 ザナンザは後宮を振り返った。
 先の誕生日で、デイルは6才になった。そろそろ剣のけいこを始めるときだ。
 アリンナから皇太子の子供用の剣が届けられたのは、本日の午後のことだった。
 そう言えば、さきほど後宮から盛大な泣き声が聞こえていたような・・・
「その棒は、鉄ですね?」
 小首をかしげてサイボーグ・ザナンザはたずねた。
「ピアは剣をもらわなかったのですか?」
 なにしろ、ピア皇子といえばちびっ子のくせになんでも兄と同じ事をやりたがる。
 察するに、先ほどの泣き声は自分も鉄剣が欲しいと駄々をこねていたのだろう。
「もらわなかったの・・・」
 ピアの瞳が潤んだ。
「とおしゃまが、まだ早いって・・」
 しゃがみ込んだピアに慌ててサイボーグ・ザナンザは声をかけた。
「それでその鉄棒はなんなのですか?」
 一度泣き出したら、サイボーグ・ザナンザの手には負えない。
 注意を逸らす必要があった。
「う・・ん、タロシュがピアにくれたの」
 抱え込んだ棒を見るために、サイボーグ・ザナンザは片膝をついた。
 ピアの手の中で、短い鉄の棒は鈍く光っている。
「良かったですね」
「うん、これじちゃくっていうの」
 ピアはもう一度棒をサイボーグ・ザナンザに見せるために掲げた。
 すると・・・
「!!!」
 サイボーグ・ザナンザが避けようとしたときには遅かった。
 棒は、左のこめかみにぴたりと吸い付いた。
「ピア、これは・・磁石?」
 棒が動かなくなった事に気がついて、ピアは両手で引っぱり始めた。
「おじちゃま、どうしよう?」
「・・・困りましたね・・・」
 磁石を貼りつかせたままのサイボーグ・ザナンザとピアは困惑の表情で見つめ合った。

「ピア、とうさまが呼んでいるよ?」
 そこに現れたのは、デイルだった。
 脇には、本日手に入れたばかりの剣が下げられている。
「どうしたの?」
「にいちゃま!」
 ピアが喜色の声を上げた。
 ピアにとっては兄のデイルは、自分の出来ないことが何でも出来る人物だった。
「おじちゃまにじちゃくがくっついたの」
 不自然にこめかみから一本の棒をはやしているサイボーグ・ザナンザを指して言う。
 デイルは呆然とそれを見た。
「困ったことになりましたよ」
 父にそっくりの叔父(サイボーグだが)は、腕組みをして言った。
「これ、離れないんです」
「離れないと・・困りませんか?」
「だから困っているんです」
 デイルは首をかしげた。一応、考えてみる。
 とはいっても6歳児の考えることだ。
「う・・んと、こじってみたら・・どうだろう?」
 さっさと鞘から剣を抜き出すと、サイボーグ・ザナンザと棒の間に差し込もうとした。
「あ」
 鉄剣はぴたりと頬にくっついた。
 デイルが柄をひっぱるがびくりともしない。
「うわあぁぁぁぁぁぁん!!」
 ピアが泣き出した。
「にいちゃままでくっついた〜」
「ば、ばかピア!ボクはひっついてないよ!」
 頬を染めて、デイルが反論した。
「叔父上、どうしましょう?」
「さて、どうしましょうね?」
 こんどは棒と子供用の鉄剣を貼りつけてサイボーグ・ザナンザは眉を寄せた。
「この剣、お稽古に使うんでしょう?」
「そう、もうすぐ母さまがお手合わせしてくれるって・・・」
「ピアもじちゃく使うの〜」
 しゃくり上げながらピアも主張する。
 三人は途方に暮れた。

「デイル、どこにいるの?」
 ユーリの声がした。
「かあしゃま〜〜」
 ピアがべそをかく。
 小さな足音がちかづくと、ユーリが小柄な姿をあらわした。
 走ってきたのか、息を弾ませている。
「ピア、どうして泣いているの?」
 胸元に飛び込んできたピアを抱き上げ、サイボーグ・ザナンザへ視線を移すと絶句した。
「叔父上にくっついちゃってとれないんです」
 デイルが説明する。説明のために、ほっぺたの剣を引っぱってみせる。
「ザナンザ皇子・・・」
 かすかにユーリの声は震えた。
「磁石がくっついたんです」
「でも、どうして剣もくっつくんだろう?」
「それはね」
 無理に咳払いをしながらユーリは応える。
「磁石にくっついた鉄は磁石になるからよ」
 すらりと腰の剣を抜き放つと、こんどはデイルの剣に近づける。
 剣はユーリの手を離れ、デイルの剣にくっついた。
「ほらね?」
「うわぁぁぁぁん!!」
 こめかみから棒、頬からデイルの剣、その先にユーリの剣をぶらさげたサイボーグ・ザナンザを見て、ピアがまた泣き出した。
「おじちゃまがヘンだよ〜〜」
「ヘンだなんて言ってはいけません」
 真面目な顔でユーリが注意した。


「子ども達はどうしたんだ?」
 カイルが現れた。
「デイル、母さまに稽古をつけてもらうんじゃ・・・」
 そして、変わり果てた弟の姿を見た。
 ユーリが怖い顔をしたが、カイルは吹き出した。
「ザナンザ、いったいそれはなんだ?」
「陛下・・これは磁石のせいなんです」
「磁石?あの鉄にくっつく、という?」
 うなずいたサイボーグ・ザナンザのほっぺたの剣を引っぱるとカイルは首を振った。
「ずいぶん強力なものだな?タロスが持ってきた磁石は小さかったが・・・」
 その磁石をこめかみに発見して、カイルは口をつぐんだ。
「ねえ、カイルなんとかしてあげて」
「父上、このままでは困ります」
「おじちゃま〜」
 三人に縋られて、カイルはサイボーグ・ザナンザを見た。
「こんな小さな磁石にそれほど磁力があるとは思えない」
 言うと、三人を退け、剣を抜いた。
「ザナンザ、手を出して」
 素直にサイボーグ・ザナンザは手を差し出した。
 そこにカイルはそっと剣を近づけて行く。すると、剣は飛びつくように手のひらにくっついた。
「やはり、そうか!!」
「カイル、何がそうなの?」
 心配そうなユーリにカイルは微笑んだ。
「原因は、ピアの磁石じゃない・・ザナンザ自身が磁石なんだ」
「おじちゃま、じちゃくなの?」
 サイボーグ・ザナンザは首を振った。
「私が磁石なはずは・・・」
 あっとユーリが叫んだ。
「分かったわ!ザナンザ皇子は電磁石なんだわ!」
「電磁石ってなあに?」
「電磁石って、普段は磁石じゃないものが電気が通ったときだけ磁石になる事よ!」
「そうだ、ザナンザはおそらくピアの磁石が当たった衝撃で、電磁石になるスイッチを入れてしまったんだ」
 サイボーグ・ザナンザはあわててこめかみに指をあてた。
「・・・ほんとうだ!電磁石ではないけれど、気圧計のスイッチが入っている!」
「やっぱり!!」
 サイボーグ・ザナンザが指を強くあてると、派手な音を立ててデイルとユーリとカイルの剣が地面に落ちた。
「ばんじゃ〜いい!!」
 ピアが飛び上がった。
 こめかみから突き出ている磁石にカイルが手を添えると、ぐいっと引き剥がす。
「ありがとうございます、兄上・・いえ陛下」
「ピアが迷惑をかけたな」
 カイルがザナンザの肩にそっと手を置いた。
「ところで、ザナンザ・・・気圧計って何のためについているんだ?」
「・・・」
 首をかしげたサイボーグ・ザナンザを見ながら、ユーリは気圧計に電気が必要なのかどうか悩んでいた。


                   おわり

      

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