ANGEL


 ユーリの身体に豪華な衣装が巻き付けられてゆく。
「もう少し、厚手のモノはないのか?」
 見守りながら、カイルは思わず口にした。
「はい、もう一枚羽織られますか?」
 ハディが衣装箱から、別の衣装を取り上げた。
「あんまり一杯着ると動きにくいじゃない」
 ユーリが肩をすくめる。
「今日はお天気も良いし、寒くないよ?」
「病み上がりだ、用心するにこしたことはない」
 言いながらカイルは新しい布をユーリの肩に掛けた。
 反論しようしたのか一度口を開きかけたユーリは、真剣なカイルの顔にあきらめたように帯を結ぶのをまかせた。
「さ、これで良い。気分が悪くなったら、いつでも言うんだぞ?」
 それでもまだ心配だと、襟元を整える。
「皆、ユーリさまのお姿に喜びますわ」
 ハディの言葉に、ユーリが申し訳なさそうな顔をした。
「・・・ごめんね」
 カイルの腕が幾重にも覆われた細い肩を抱き込む。
「・・おまえの元気な姿がなによりだ」
 完全に元通りだとは言い難い。出来ることなら、まだ後宮の奥で養生させたいところだ。
 だが、公式行事への皇妃不参加から市民の間に拡がる不安を理由に、元老院はユーリに対する一般参賀式を求めた。
 渋るカイルを説き伏せたのは、ユーリ自身だった。
「あたしはもう、すっかり元気だよ?」
 一月近くふせっていたため、肌の色は透けるように白く、元々華奢な肩は布越しにカイルの手のひらの中で骨張っていた。
 久々の公式行事に臨む緊張のためか赤味のさした頬に唇を寄せると、カイルは今日何度目だろう台詞をささやいた。
「無理をするんじゃないぞ?」
 過保護すぎる言葉に、ユーリはようやく口元をほころばせた。
「うん、分かってる」
 一時は命も危ぶまれるほどだったのだ。カイルが心配しても仕方がなかった。
 ユーリの視線がふと何かにとまる。
 ふわりと笑顔が拡がった。
「二人とも、なにをしているの?入ってらっしゃい」
 扉を細く開けるようにして、黒色と金色の頭が覗いている。
 見つかったのを叱られるかと首を竦めるのに、カイルもまた声をかける。
「デイル、ピア、おいで」
 扉が押し開かれ、おずおずと顔を出した二人は、許可を得ると弾かれるように部屋の中に飛び込んできた。
「かあさま!」
 そのままユーリにすがりつく。
 よろめいたユーリの肩を抱き留めながら、カイルは息子達に注意する。
「こら、かあさまに無理をさせるんじゃない」
 とたんにしゅんとうなだれた二人の頭を撫でながらユーリが笑った。
「どうしたの、二人とも?」
 衣装の裾に顔を押しつけたままのデイルの頬に手を当て上を向かせる。
「今はお勉強の時間じゃなかったの?」
「ボク、今日はかあさまといるの!」
 小さな腕いっぱいにユーリの膝のあたりを抱きしめながらピアが言った。
「まあ、嬉しいわ。かあさまもピアといたいわ・・デイルは?」
「ボクも・・」
 本来なら許されることではないと分かっているのだろう、デイルは赤くなりながら小声で言った。
「・・・おまえたち」
「・・いいでしょ、カイル?」
 口を開きかけたカイルを遮るようにユーリが振り向いた。
「ずっとこの子達にかまってあげられなかったんだもの・・ね?」
 裁可を待つように、黒い瞳と金の瞳が一杯に開かれて見上げている。
 カイルにも、いままで幼い子ども達がどんなに不安な気持ちでいたかは分かっていた。
 ため息をつく。
「あまりはしゃいでかあさまを疲れさせるんじゃないぞ」
「はあい」
 すぐに元気な声が返ってくる。

「陛下、お時間です」
 侍従が告げた。
 カイルはユーリに腕を差し出す。
 神経質なほどに厚着をさせたが、市街に面したテラスには風が吹きつけているだろう。
「すぐにすむ」
 うなずいたユーリを導いて歩き出す。ユーリにしがみついていた子ども達も一緒に歩き出すことになる。
 まとわりつく動きに、ユーリがよろめいた。
 カイルがとがめようとすると、ユーリは子ども達の手を握りしめて首を振った。
 仕方なしに、謁見の場まで向かうことになる。
 一行はのろのろと廊下を進む。
 並ぶ衛兵が居ずまいを正し、すれちがう官吏が頭を垂れた。
 歓声がちかづいている。
 心構えのために立ち止まり息を飲んだユーリの手にわずかに力がこもったのだろうか?
「かあさま、今日はとっても綺麗だね」
 デイルが、繊細な刺繍が一面に施された衣装にしがみつきながら言った。
「そう?久しぶりにこんな格好をしたから・・」
「似合ってるよ」
 安心させるためにうなずく。
 いつもよりも数倍念入りに身支度をしていたのは衰えた姿を見せることをきらってだろう。
 わずかに唇を噛みしめると、ユーリが歩きだす。
 テラスに続く広間で、元老院議員達が待ち受けていた。
「市民達はいまかいまかと皇妃さまのお出ましを待っております」
 奏上がある。
「分かった」
 カイルがそっとデイルとピアに下がるように合図したが、二人はますますユーリにしがみついた。
「・・・カイル、一緒に出るわ」
 子ども達の頭を撫でながらユーリが微笑んだ。
「ね、一緒にご挨拶しましょう?」
 子ども達の決意に満ちた表情を見て、カイルはしぶしぶ同意した。
 どうあっても離れるつもりはないようだった。
「まるで『かあさまいない病』にかかっているようだな」
 母の不在が長すぎたのだ。

 
 テラスに一歩踏み出すと、どよめきが拡がった。
 人前にしばらく姿を見せなかった皇妃と、それだけではなく幼い二人の皇子の姿もあったからだ。
 小さな皇子達は両親の配慮から新年祭の時ぐらいにしか民衆の前に姿をあらわさない。
 長く皇妃の姿を眼に出来なかった民衆にとっては、さらに気前の良い計らいに思えたのだろう。
 いきなり押し包まれた歓声に、デイルもピアもユーリの衣装の裾に身体を埋めた。
 悲鳴に近く繰り返される皇妃の名の連呼にカイルは苦笑した。
「どうやら、『かあさまいない病』にかかっていたのは子ども達だけではなかったな」
「カイルったら」
 軽く片手を上げて歓呼の声に答えながらユーリが子ども達の背を押した。
 幼い皇子達がぎこちなく手を振ると、地響きのように歓声が上がる。
 皇帝が皇妃を抱き寄せるように背を向けても、そのどよめきは鎮まることがなかった。


「疲れたか?」
 いまだしがみつくようにして、ユーリのそばで身体を丸めて眠っている子ども達を見守りながら、カイルはたずねた。
「ううん」
 慈しみながら柔らかな髪を梳き、ユーリは首を振った。
「ほんの少しの間だったし・・」
「子ども達も煩かっただろう」
 そんなことはないよ、とユーリが笑った。
「寂しい思いをさせていたから・・・『かあさまいない病』にかかるくらいに」
 ユーリの手が離れると、眠ったままのピアが不満そうに身じろぎし、もう一度頭を手のひらに押しつけてきた。
「でも、あたしの病気も治ったから、この子達もすぐに治るね」
 少し線の細くなった頬をカイルはそっと両手で包み込んだ。
「ここにも病人がいるぞ?」
「なんの病気?」
 黒い瞳が、生気を秘めた煌めきを放った。
 青白いまぶたで閉ざされていたとき、どんなに切望した輝きだろう。
「決まっているだろう?『おまえがいない病』だ」
 引き寄せると慎重に口づけた。
 吐息に、倦んだ熱の匂いが混じらないことに安堵する。
「すぐに良くなるよ?」
「ああ、おまえが良くなれば、な」
 薄い方の下に腕を差し入れて横たえる。
 上掛けを引き上げながら子ども達の無心に眠る頬をつついた。
「どうやら、子ども達よりは回復は遅れそうだが」



 ユーリがまた、小さな笑い声をあげた。


            おわり  

     

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