幼心

                     
 by yukiさん

 幼い頃のわたしは母を困らせるのが好きだった。
 母はわたしが無理なお願いをするときまって困った顔をしたが、
 「しょうがない子ね」
 と言いながらいつだってわたしを抱きしめてとっておきの解決法を考えてくれた。
 だが、ただ一度だけ母を困らせようとしたことを後悔したことがある。

 その日、母は後宮の中庭にある池のほとりに敷物を敷き弟と妹に歌を聞かせていた。
 自分が兄であるということがわたしに「両親に甘える」ということを難しいものにしていた。
 だから母が困るのを分かっていて言ったのだ。
「ねえねえ、かあさま」
「あら、なあに?デイル」
「あのね、ぼくもにいさまかねえさまがほしいの」
 いくらこどもだとは言っても、弟や妹ができても兄や姉がこれからできることが無いことくらい分かっていた。
 だから「しょうがない子ね」と困った顔をして母が抱きしめて欲しかっただけだった。
 しかし母はいつもとは違う哀しげな微笑を浮かべてこう言った。
「ごめんね、デイル…」
 涙が流れているわけでもなかったのに母は泣いているように見えた。
「かあさま、どうしたの?」
「かあしゃま、いたいの?」
 母の様子に弟と妹が交互に声をかける。
 けれど母は哀しげな微笑を浮かべるだけだった。
「にいさまがかあさまをいじめたんだ!」
「にいしゃまがいけないんだ!」
 弟と妹は矛先をわたしに向けると口々にわたしを責め立てながら大粒の涙をこぼしていた。
「大きな泣き声が聞こえてきたがどうしたんだ?」
 しばらくするとまだ政務中だったろう父が顔を出した。
「にいさまがかあさまのこと…!」
 弟と妹は父に言い立てようとしていたが泣きながらだったためにうまく言葉にならず、そんな自分が
もどかしかったのかますます泣きじゃくっていた。
「そうか、デイル兄様が母様をいじめたんだな。父様がよくしかっておくからおまえ達は顔を洗っておいで」
 弟と妹は大きく頷くと、女官に手をひかれ泣きながら下がっていった。
「さて、デイル?どうしたんだ」
「………」
「どうした?黙っていてはわからないよ?」
 父はわたしの前に膝を着き、目線を合わせて聞いてきた。
「………ったの」
「ん?よく聞こえないよ?もう一度言ってごらん」
「ぼくね、にいさまかねえさまがほしいっていったの」
「そうか…、デイルも上に兄弟が欲しかったのか。それはさすがに父様と母様には叶えてあげられないお願いだな」
「でも、そういったらかあさまが…!」
 父は母の様子を見ると、何か感じるところがあったのかゆっくりとわたしを抱き上げて母のとなりに移動した。
「ユーリ、おまえが気に病むことなど何もないのだよ」
 母は無言でコクリと頷いた。
「デイル?おまえは何も悪いことなどしていないから安心おし」
「でもかあさまが…」
「母様には父様がいるから大丈夫だよ。
 さあ、ユーリ?デイルを安心させてあげてくれないか?」
「ごめんね、デイル。デイルは何も悪くないのよ?」
「………」
 わたしはよっぽど納得できていない顔をしていたのだろう、母はふわりと微笑むとゆっくりわたしを抱き寄せ頭をなでてくれた。
「心配かけてごめんね。母様はあなたたちがいてくれれば大丈夫よ」
 
 その後のことはよく覚えていない。
 安心したわたしはそのまま母の腕の中で寝入ってしまったらしく気がつくと自室のベッドの上だった。





 母の哀しげな微笑みの理由は、今は知っている。
 



                           おわり  
            

      

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