ダ・アーの見習いの一日

                 byマリリンさん

 僕の名前は ダ・アー
 皇帝陛下すら頭があがらないと噂されるイル・バーニの息子である。

 今は、父の見習い とまではいかないが手助けをするようになった。
 王宮に出仕する前に、父は僕に厳しく言い渡した。
「お前は、これからいろいろなことを知ることになるだろうが、一切他に漏らしてはならない。」
 当たり前じゃないか。これからは国の重要機密に接することもあるだろう。
 それを他へ漏らすことなどありえないではないか。
 父は僕を信じていないのか。
 非常に腹が立ったがそれを押し隠し、
「わかりました。父上、ご安心ください。」
と言い頭を下げた。

 今の僕の仕事は後宮の様子を陛下に伝えること。
 ただ、まだ慣れていないので、ピア皇子殿下専門ということになっている。
 皇帝陛下が何を御下問になるのか、それをこれから勉強していかなくてはいけないようだ。
 父に言わせると、とんでもない御下問があるということだが・・・・・


 ある日、陛下はピア皇子殿下が「今日はなにをしているのか」と御下問になった。
 そんな簡単なことをと思い僕は胸を張って堂々と申し上げた。
「今日、ピア皇子殿下には魚釣りをしてみえました。」
「魚釣り?」
「はい、皇妃陛下とご一緒にとと丸やとと姫を釣っておられました。」
 皇帝陛下の眉がぴくりと動く。
 視線が窓の外へと向けられる。窓の外は雪が舞っていた。
 陛下が立ち上がった。
「陛下、どちらへいかれるのですか?」
 陛下は僕をいちべつするとそのまま、執務室を出られ後宮へ向かわれてしまった。

「父上、いったい何が・・・・・」
「この雪の中を魚釣りしているのでは、肺炎を起こしてしまうかもしれないではないか。
陛下はそれが心配で見に行かれたのだろう。」
「しかし、皇妃陛下もご一緒にみえるわけですし。」
「そのほうが却って心配かもしれない。」
「は?」
 どういう意味なのか、そのときの僕にはわからなかった。

「父上」
 陛下の後を追って廊下へ出ようとする父を呼び止める。
「お二方ともお部屋の中で遊んでみえるんですが・・・・」
「??お前は魚釣りと言ったではないか?」
「ピア皇子殿下のお部屋で、とと丸とかとと姫と名前をつけたぬいぐるみを使って魚釣りごっこをされてみえるのです。」

 父は、厳しい顔をして私の方を向いた。
「ダ・アー。お前は言葉が足りなかったようだな。陛下にきちんと伝わっていないのではお役目を果たしたことにはならない。」
 僕はどういう顔をしたらいいのかわからなかった。
「お前もついてくるように。どういうことになっていくか自分の目で確かめるがいい。」

 父と僕は皇帝陛下の後を追いかけた。
 陛下は後宮中庭の池に向かわれていた。
 池の周りには誰もみえない。
 お見えになるはずがない。
 ピア皇子殿下はご自分の部屋で遊んでお見えなのだから・・・・
 池の回りを見回していた陛下が
「とと丸、とと姫」
と呼ばれると、とと丸ととと姫が顔を出した。
 寒い中迷惑そうな顔に見える。なにしろ水の表面はとても冷たい。
「ピアとユーリに釣られていたのではないのか?。」
 とと丸ととと姫は怪訝そうに顔を見合わせると、後宮のピア皇子の部屋の方を向いた。
 うん?
 陛下がそちらを向かれると、
「きゃあ、とと姫だった」
とはしゃぐ皇妃陛下のお声が風に乗ってきた。
??????
 訝しげな表情を浮かべたまま、ピア皇子の部屋に向かわれた陛下は、そこで遊んでいるピア皇子と皇妃陛下を見つけられた。

「あっ、カイルどうしたの?お仕事中のはずでしょう?」
と皇妃陛下。
「とうしゃま、見て見て。ととまゆが釣れたよ。」
と誇らしげなピア皇子殿下。
「お前たちが魚釣りをしていると聞いて見に来たのだが・・・・」
「魚釣り?」
 一瞬ポカンとしていた皇妃陛下がはじけるように笑い出された。
「カイル、いくら私でもこの雪の中、外で魚釣りはしないわ。
スケートならするかもしれないけど。」
「ああ、どうやらそのようだな。」
 陛下は部屋の中をご覧になった。
 そこには、釣り針の代わりに磁石をつけた釣り竿とちいさなたも網があった。
 そして、とと丸たちをかたどった魚のぬいぐるみが散乱している。
 陛下はその中の一つを手に取って、なぜこれが磁石にくっつくのか調べてみえる。
「ユーリ、これはもしかしたら・・・・・」
 皇妃陛下がいたずらっぽくお笑いになった。
「わかった?カイル。タロスに無理を言って鉄の欠片をもらったの。それを魚の口の所へ入れてあるのよ。」
「ああ、そのようだな。ピア、私にも貸してくれ。とと姫をつり上げて見せよう。」
 自信満々におっしゃった陛下がつり上げられたのは、とと小姫。
「こんなはずはない。もう一度。」
 こんどつり上げられたのはとと吉。
「ばかな、もう一度。」
 皇妃陛下とピア皇子殿下は
「とうしゃま(カイル)頑張って」
と応援してみえる。
 今や皇帝陛下は魚釣りごっこに夢中になっておられる。
 とと姫を釣り上げるまで、頑張るおつもりのようだ。

 ほほえましい風景と言えばほほえましい風景なのだが・・・・・・

「陛下、まだお仕事の途中でございます。どうかお戻りを。」
 僕は陛下に申し上げたが無視された。
 困った僕は父の顔をそっと見た。
 父は、ため息をつくと頭を下げ、そのまま部屋を出ていった。
 僕はどうしようかと思ったが、取りあえず、父のあとを追いかけて部屋を出た。
「父上」
 呼びかける僕に父は言った。
「今日、陛下は執務室には戻られない。残った仕事を片づけなくては。お前も手伝うように。」

 夜も更けるまで手伝わされてくたくたになった僕に父は言った。
「今日のお前の報告が適切であったなら、こんなことにはならなかったはずだ。
もっと勉強をしなさい。」
「はい」
 僕はうなだれた。

 それにしても、どうも陛下は僕が思っていた方とは、少し違うようだ。
 あんな遊びに夢中になって、仕事を放り出されてしまうなんて。

 それを父に言うと父はあっさり言った。
「あれは、わざとだ。」
 わざと?
「陛下ともあろうお方があの程度のことがおできにならないと思うか?」
 そういえば、陛下は武芸にも優れた方のはず
「それに、陛下はすでに今日の案件の内容はご存じだ。」
「あっ」
 僕は小さく悲鳴を上げた。
 ということは、陛下は、今日の仕事は父がなんとかするだろう(できるだろう)からそのまま後宮で家族と過ごそうとされたのか。
 そして、父もそれを理解していたからこそ黙ったまま執務室に戻り仕事を片づけた。

「わかったようだな。このことは他言無用だ。」
 もしかしたら、僕は元老院の議員の方たちですらご存じないことを知ってしまったのかも・・・・

「お前は、これからいろいろなことを知ることになるだろうが、一切他に漏らしてはならない。」
 王宮に出仕する前の父の言葉を思い出す。
 もしかしたら、こういうことを父は言っていたのだろうか?

 父と共に王宮を下がる。
 明日はどんな一日が僕を待っているのだろう。




”おまけ”

「ピア」
「あっ、とうしゃま。」
「何をしているんだ?」
「おにごっこ」
「だれと?」
「ダ・アーと」
「そうか、良かったな。」

「イル・バーニ。」
「はい。」
「ダ・アーは、もっと体力をつけさせたほうがよさそうだぞ。」
「は?」
「見てみろ。ピアに置いて行かれている。」
 駆け抜けるピア皇子のはるか後ろに、座り込んだダ・アーの姿があった。

 お前はいつから、ピア皇子の遊び相手になったんだ?
 ため息をつくイル・バーニをおかしそうに見つめるカイルだった。

                おわり

     

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