こそこそウインター

                byマリリンさん

 執務室を訪れてみると、カイルはいなかった。
 どうして、またいないの?
 心が波立つ。
 机の前で仕事をしていたイル・バーニが立ち上がり頭をさげる。
「皇妃陛下どうかなさいましたか?」
「イヤリングを落としてしまって。ここにあるかもしれないと思って見に来たの。」
 机のあたりを捜す。
「ああ、あったわ。よかった。」
 ちょっとしらじらしかったかしら?まあいいわ。
「イル・バーニ。陛下はどこなの? まだお仕事が終わらないと言ってみえたのに。」
 イル・バーニをじっと見据える。
「急に陛下にお出ましいただかなくてはいけない案件がはいりまして。」
「この雪の中を?」
「はい」
 唇をかみしめる。イル・バーニの表情は変わらない。さすがだわ。
「ハディ」
 イル・バーニが私の後ろに控えるハディに声をかける。
「このようなことで、皇妃陛下を煩わすことはない。お前が探しに来るように。」
 ハディは平伏した。


 あれは、何日前になるのだろう。
 あの日午前中に執務が終わった私は、昼からカイルのご機嫌伺いに執務室に顔を出した。
 いつも、そんなことはしないのに(なにしろカイルが仕事で、私が自由な時間は脱走に最適)虫が知らせたとでもいうのだろうか。
 執務室にはキックリしかいなかった。
「へ、陛下は、ち、ちょっと・・・」
 しどろもどろのキックリに多少の疑惑は感じたものの急に現れた私にキックリが驚いただけだと思っていたのに。
 夜遅く、寝所へ戻ってきたカイルに
「昼からは何をしていたの?」
と聞いたら
「執務室でずっと仕事をしていたよ」
と答えた。
 嘘だ!!
 心にすっと冷たい風が吹いた。
 嘘をついている。なぜ、嘘をつく必要があるんだろう。
 たぶん私は一瞬凍り付いた表情をみせたのだろう。
「ん?どうかしたのか?」
とカイルが聞く。
 その声に後ろめたさは感じられない。
「ううん、お仕事大変なんだなと思って。」
 私を抱き寄せるカイルの腕もいつもと変わらない。。
 だから私は、心の波立ちを押さえた。


 そんなことを思い出しながら、執務室から後宮への廊下を歩む。
「ユーリ様、お顔の色がすぐれませんが、どうかなさいましたか?」
「ううん、何でもないよ。」
 笑顔で取り繕うけれど、きっと信じてないな、ハディ。


 翌日、私はアスランの所へ出かけた。
 しばらくアスランの所へ行っていないから、ちょっと会いに行ってこようぐらいの軽い気持ちだった。
 だけど、行かなければよかったと後悔することになろうとは。
 そんなこと、知りたくなかったのに。

「今日は、皇妃陛下がお出かけですか。」
「ううん、ちょっとアスランの様子を見に来ただけだよ。」
「皇帝陛下は、最近何度かお出かけになられました。今日はお忙しいのでしょうか?」
 何気ない、厩番の老人の言葉に頭の中が真っ白になった。
 何を、どう答えたのか、どこをどう通って部屋へ戻ったのか、なにも記憶がない。
 気がついたときには、自分の部屋で寝台に突っ伏していた。
 カイルは何度も出かけている?。
 執務室どころか、王宮にすらいなかったというの?
 いったいどこへ行っているの?
 まさか、カイルに限ってとは思うが、かつてはハットウサ一のプレーボーイと言われた人だし。

 最近、カイルが寝所に戻ってくるのは遅い。
 おまけに「山のような仕事で疲れた」と言ってはさっさと寝てしまう。
 湯浴みも自分一人で済ませてくる。

 こんなことを思いながら落ち込んでいる自分は嫌いだ。
 そう思うけれどカイルに聞く勇気はない。

「どうかしたのか?最近元気がないが・・・」
 カイルの言葉に返事もせず顔を背ける。
 私がなにも気づいていないと思っているのカイル?
 仕事だなんて言って、こっそりどこへ行っているの?そう言えたら・・・・・

 だんだん眠りが浅くなって、夜中に何度も眼が覚める。
 そんな日が続いたある日、私は倒れてしまった。
 睡眠不足かな。頭が痛い。
 そう思いながら立ち上がったとたん目眩に襲われてしまったのだ。
 幸い、横に立っていたカイルが素早く抱きかかえてくれたから怪我はなかったが・・・・・・


 次の日、私の公務はいつのまにかすべてキャンセルされていた。
「ゆっくり休んでおいで、」
 カイルは額に口づけをするとそっと部屋から出ていった。
 心配させたのは悪いと思うけれど、元はと言えばカイルがいけないんだからね。
 涙がこぼれた。

 気がつくと、昼になっていた。いつのまにか眠っていたようだ。
 今日は、カイルはなにをしているんだろうか?。
 そう思いながら寝台の中でぼーっとしていると、カイルがやってきた。
「気分はどうだ?」
 なんか、すごく機嫌がいいような気がするけれど気のせいだろうか?
「夜、小さな宴があるんだが出られるかな?」
「宴?」
「ああ、内輪のだから」
 カイルの瞳が私の瞳をのぞき込む。
 うっ、いつもこれで騙されてきたような。
「ん、大丈夫だよ。もう気分も良くなったし。」
 とりあえず笑顔を見せておこう。







 えっ、これってもしかしてクリスマスツリー?
 宴の席について私は驚いた。
 赤い服を着せられ大きな袋を担がされているのは、ミッタンナムワ?
「カイル、これ?」
 声がうわずっているのが自分でもわかる。
「ハットウサの冬は厳しいからお前はずいぶん苦労しているだろう?少しでも気分転換になればと思って」
「カイル」
 思わずカイルに抱きつく。
「お前から聞いただけだから、ニッポンのものとはだいぶ違うだろうが」
「ううん、ありがとう。すごくうれしいよ」
 これだったんだ。カイルが執務室から抜け出していた理由は。
 王宮工房に行ったり、森へ出かけていろんな物を集めたりしてたんだ。

 気がつけば,疲れ果てたようなイル・バーニとキックリの姿があった。
 イル・バーニは、カイルの代わりに政務を片づけさせられていたのね。きっと。
 キックリは森を連れ回されていたのかな。


             ※※※※※※

 今年もクリスマスツリーを飾っている。これだけは、3姉妹にも任せられない。
 いつも私が一人でする。
 あの次の年、私はしまっておいたクリスマスツリーを飾り、カイルを驚かせた。
「今年は、皇帝のお仕事してね。」
の言葉を添えて

「今年も、もうそんな時期なんだな。」
 カイルが顔を出した。
「新しいのを王宮工房の職人に作らせようか?」
 カイルの言葉に首を振る。
「これが、いいの。」
 (だって、カイル手作りのクリスマスツリーなんだから)
と心の中でつぶやく。
「かあ様」
「かあしゃま」
 子ども達も顔を出す。
「ああ、デイル,ピアいらっしゃい。クリスマスツリー 飾っているのよ。」
「「わーい」」
「デイルもピアもこんな古いのではなく、新しいほうがいいだろう?とう様が用意するから。どうだ?」
 デイルが振り向いて言った。
「とう様知らないの?これ かあ様の大切なものなんだよ。」
「かあしゃまね。ピアに 触らしてくれないんだよ。だいじ、だいじって」
 ピアが不満そうに言う。
「僕だって触らしてもらったことないよ。ピア、これはね、かあ様が一番大切な人からもらった宝物なんだって。」
「デ、デイルっ」

 あわてふためくユーリの顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。


               おわり

              

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