霧笛


 小さな叫び声と共に、膝のあたりにぶつかってきた身体を、サイボーグ・ザナンザは受け止めた。小さな身体は、じたばたともがいた。
「ピア皇子?」
「あっ、おじちゃま」
 しっかりと腕をまわして抱きついた甥っ子のすぐ後から、女官達の足音が追いかけてくる。
「殿下っ・・まあ、ザナンザ殿下」
 息を切らした女官は、それでも慌てて膝を着いた。
「おじちゃま、たしゅけて!」
「いったいどうされたのです?」
 女官の気迫に呆気にとられながら、サイボーグ・ザナンザは問いかけた。
「殿下がお風呂に入るのを嫌がられて」
 肩で息を継ぎながら、それでも一歩も退くまいと女官は言葉に力を込めた。
「だって、あたまをくしゅくしゅするとおめめが痛くなるの!」
 舌足らずな口調で、自分の受ける理不尽な扱いをピアは必死に訴えた。
「ピアはお風呂嫌いじゃないの、おめめが痛いのがヤなの」
「殿下が途中で目を開けてしまわれるからではないですか!」
 女官の言葉に、サイボーグ・ザナンザは微笑んだ。
「ピアはどうやら、頭が無くなってしまわないか心配で目を開けてしまうようですよ」
「そうなの、おじちゃま!わかる?」
 ピアの柔らかな髪をなでながら、サイボーグ・ザナンザはうなずいた。
「ええ、私もそうでしたからね」
「さあ、殿下お風呂に・・」
「いやっ!」
 ピアはサイボーグ・ザナンザにしがみついた。
「ピアは入らないの!」
「殿下・・」
 女官が目尻をつり上げた。
「皇妃陛下がおいでになるまでにきちんとお風呂をすませて寝床に入っておかなければ・・・それとも殿下はもう今夜はお母様にお会いできなくてもよろしいのですか?」
 うっ、とピアの瞳が潤んだ。
「かあしゃま・・」
「お兄さまのデイル殿下はもうお風呂はすませておいでですよ、殿下だけが・・」
「こうしよう」
 サイボーグ・ザナンザが甥の涙にたまりかねて口を開いた。
「私がピアと一緒に風呂に入ろう」
「まあ、皇弟殿下!」
 サイボーグ・ザナンザは膝を着くとピアの瞳を見上げた。
「ピア皇子、私ならおめめは痛くしませんよ。なにしろ経験者ですからね」
「おじちゃまが?」
 すでに涙が盛り上がった目元をこすると、ピアはうなずいた。
「うん、ボク、おじちゃまとならお風呂はいる」
 ちいさな手でサイボーグ・ザナンザの指を握りしめると、涙を残したまま声を弾ませた。
「あのね、ピアのおふね見せて上げる。それからあひゆもいるよ」
「あひゆ?」
「アヒルですわ、テリピヌ殿下からいただいたのです」
 女官は大げさにため息をつくと立ち上がった。
「ザナンザ殿下、それでは殿下をお願いします。私はお召し物の用意を」
 とりあえずピアを入浴させれば、良いらしい。
 その間に散乱したオモチャを片づけようというのか女官は一礼すると、足早に来た道を去った。


「おじちゃま〜」
 ピアが自慢げに黄色いアヒルのオモチャを掴んだ。
 軽い木で作られているために、それはぷかぷかと浮いた。
「テリピニュおじちゃまからもらったの」
「ああ、兄上から」
 言いながらサイボーグ・ザナンザは膝の上にピアを抱え上げた。
 仰向けに寝かせると、髪の上に湯を流す。
「こうやって髪を洗えばおめめは痛くなりませんよ」
「ふ〜ん」
 手早く髪を洗うと、乾いた布で包んだ。
「皇帝陛下と同じ髪の色だね」
「かあしゃまもそういうの」
 しっかり掴んだままのアヒルを持ち上げながらピアは誇らしげだった。
「あのね、かあしゃまが一番好きな色だって」
 サイボーグ・ザナンザは笑った。
「そうですか、それではいつでも綺麗にしておかなくていけませんね。ユーリさまを悲しませることになりますから」
「でも、おめめ痛いのヤなの」
 唇を尖らせたピアに、サイボーグ・ザナンザは吹き出した。
「良いものがあるのですよ。死神博士が開発したのですけどね。それを付ければおめめが痛くならないんです」
「それ、なあに?」
「シャンプーハットと言うのですよ。次のメンテナンスの時にもらって来ましょう」
「うわぁい!」
 はしゃぐピアを抱き上げると、サイボーグ・ザナンザは湯船に身を沈めた。
 立ちのぼる泡にアヒルを浮かべて、ピアがにっこり笑った。
「ほらほら、あひゆが泳ぐの〜」
 歓声を上げた時に、甲高い音が響いた。
ぴ〜〜〜〜〜〜
「おじちゃま、なあに?」
「これはね」
 サイボーグ・ザナンザは自分の胸のあたりを指で示した。
「お風呂ブザーというんですよ。お湯が決まった量たまると、ブザーが鳴って知らせるんです。これがあるとお風呂を溢れさせたりしないので便利ですよ」
「うわぁ、おじちゃま、しゅっご〜いっ!!」
「死神博士の発明品なんですけどね」
 ピアは感心したようにサイボーグ・ザナンザの胸を撫でた。



 そのころ、湯殿の外では、女官達が騒いでいた。
「なにかしら、あの音は?」
「ザナンザ殿下に異常が?」
「でもピア殿下は楽しそうにしておられるのよね・・」
 扉を前に右往左往しているところにユーリが現れる。
「いったいどうしたの?ピアはザナンザ皇子と一緒なんでしょう?」
「陛下、中から奇妙な音が・・・」
 平伏した女官の言葉に、ユーリは眉をひそめた。
「・・・この音・・・どこかで聞いたことがあるんだけど・・・」


                  おわり     

      

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