アリンナの夜

              by千代子さん

「痛…っ!」
 身体に走る痛みに、思わずベッドの端へ退いてしまう。
 覚悟はしていたけど、まさかこんなに痛いなんて思ってなかった。
「ユーリ、大丈夫だよ。ほら、こっちへおいで」
 皇子は可笑しそうに笑って、あたしに手を広げてくれた。
「もう、いいよ…次はあたしきっと耐えられないもの」
 思わず涙ぐみながら言うと、皇子はあたしを引き寄せて、うまい具合にその腕の中へ納めてしまった。
「おまえから言い出したことだろう? 大丈夫だよ、わたしに任せておけばいいんだから」
「でも……」
「もういいから…黙って」
 言うと皇子は、あやすように唇を重ねた。
 そっと触れられた唇のおかげで、背筋がゾクゾクする。
 あたしは、皇子の手首をきついくらいに握り締めた。
 ……そりゃ、あたしからお願いしたことだけど…

 夕食のあと、部屋へ戻るために庭に面した廊下を歩きながら、月がとてもきれいだった。
 よし、今なら言える、と思って、あたしは意を決して、皇子に言った。
『今夜、カイル皇子にお願いしたいことがあるの』
 皇子は初めのうちこそあまり信用していないようだった。あたしの決意が甘そうに見えたのかもしれない。
 でもそのうちに、あたしが真剣だってわかると、皇子はゆっくり頷いて、部屋まであたしの肩を抱いていってくれた。

 ――あたしはずっと決めていたの。
 初めてのときは、絶対にカイル皇子にしてもらうんだって。

 だって、初めてのときって痛いっていうけど…皇子は上手そうだし、それに皇子になら任せられると思ったから…

 でもいざとなって、こんなに痛いっていうのは、本当に予想外だった。
 きっと予想しているよりもたくさん、血が出ているだろうな…
 あたしは硬く目を瞑ったまま、次なる痛みへの恐怖とひたすら戦っていた。
 皇子はそれを見越してか、くすくすと笑いながら、あたしの耳たぶを弄んでいる。
 額に皇子の吐息がかかって、抱き寄せられた身体が火照って、耳に触れる皇子の指先に、どうぞあたしの心臓の音が聞こえませんように、と思いながら、あたしは怖くて皇子に抱きついてしまった。
「ほらユーリ、そんなにしがみついたらなにも出来ないだろう」
 皇子が笑いながら、やんわりと身体を放す。
「大丈夫だ、楽にして、ユーリ。これで終わりだから…」
「あ……っ…!」
 貫かれたそこから、痛みが広がる。あたしはやっぱり絶えられず、びくりと肩を振るわせた。
「…ほら、ユーリ。触ってごらん。大丈夫だから…」
「ほ、ほんとに……?」
 そっと触れたそこは、ぼうっとした熱をもって疼いている。
「腫れてない?」
 皇子は、くすくす笑いながら言う。
「今夜一晩眠れば痛みは消える。大丈夫だよ、ちゃんと入ってるから」
 あたしは、自分の両手で自分の両耳を包み込んだ。
 確かにいままでなかった無機質のものが、耳朶にぶら下がっている。
「しかし耳飾用の穴をあけたいとはな。急にどうしたんだ?」
 あたしの耳朶に指先を伸ばして、そのはまり具合を確かめながら、皇子はいくつかの耳飾を取替えひっかえあてがっている。
「ずっと前からあけてみたかったんだけど…皇子がしてるの見てたらどうしてもって思って…やっぱり皇子にしてもらってよかった。…痛かったけど」



 このとき、扉の外にユーリの寝仕度をするためにやって来たハディは、今日から出仕ということもあって、主のことは全て知っておかねばと思ったにもかかわらず、この二人の『閨』の激しさに思わずたじろぎ、最後まで聞き耳を立てることも出来ずにその場を逃げるようにして去ったという。


 アリンナの夜は、こうして更けてゆく。

            (おわり)

      

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