錯覚


 サイボーグ・ザナンザに抱かれながら上機嫌のピアが帰ってきた。
 まだほかほかと湯気が立ちのぼっている。
「ごめんなさいね、ザナンザ皇子」
「いいえ、私はもう防水加工ですから」
 待ちかまえていたユーリが、腕を伸ばしてピアを受け取った。
「かあしゃま!」
 大はしゃぎでピアは母親に抱きついた。
「おじちゃましゅごいの」
 ピアは瞳をきらきらさせながら報告する。
「お風呂タイマーなの」
「お風呂タイマー?なにそれ?」
 ユーリの部屋着の裾を掴んでいたデイルが聞き返した。
「あのね、お湯が溢れないようにするの」
 間近で見た奇跡を、ピアは必死に報告する。
「・・・お湯って溢れるの?」
 デイルが不思議そうに母親に訊いた。
 この時代の風呂は蛇口をひねるとお湯が出てくるわけではない。沸かしたお湯を女官が流し込んで浴槽を満たす。
 だから、お湯が溢れるということはまず起こらない。
「・・・溢れることもあるかもね」
 ユーリは少し困って応えた。
 あの音には、女官達が随分と騒いでいた。
「しょうなの、おじちゃまは偉いんだよ!」
「そうでもありませんよ、ピア」
 サイボーグ・ザナンザは謙遜しながら微笑んだ。
「ピアだけおじちゃまとお風呂に入っていいなあ」
 デイルが唇を尖らせる。
「では、次はデイル殿下もご一緒に」
「わあい」
 ユーリは息子達を見て首を振った。いくら防水加工とはいえ、そうしょっちゅう湯に浸かっていてはサイボーグ・ザナンザに障る。
「ふたりとも、一人でお風呂に入る練習もしないと」
「私は構いませんよ、ユーリ」
 サイボーグ・ザナンザは甥っ子たちの頭を撫でながら言葉を続けた。
「防水レベルは潜水も可能なんです」
「でもいつまでも・・・」
「だって!」
 デイルが澄んだ声で言った。
「とおさまだって、かあさまとお風呂に入っているよ!」
「ま・・」
 思わず言葉に詰まったユーリに、ピアが天真爛漫な声で続けた。
「しょお、それにかあしゃまだっておめめが痛いって泣いてた!」
「な、なにを・・」
 デイルとピアは目と目を会わせると同時に言った。
「「泣いてたね〜〜?」」
 真っ赤になったユーリの耳に。
ぴ〜〜〜〜〜
 サイボーグ・ザナンザは困惑したように自分の胸を見た。
「・・・ザナンザ皇子・・・鳴ってる・・・」
「困ったな・・・」
「おじちゃま、しゅご〜い!!」
 はやし立てる子どもの間で、大人達だけが気まずい気分でうつむいていた。


            おわり 

          

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