トラディショナル・クッキング
本日はお正月だ。
私は頬を紅潮させているユーリを前に、大きく息を吸った。
ユーリの国では・・・お正月に『おせち料理』とかいうものが出るらしい。
で、今、私の目の前にあるのはその『おせち料理』だ。ユーリ手作りの。
なあ、ユーリ。おまえの国ではどうだか知らんがこの国での新年の祝いは春だ。
だから・・・いいかげん、やめないか?
ああ、そういえたらどんなにいいだろう。
「・・・これは、おまえが作ったのか?」
なにを馬鹿なことを訊いているんだ、私は。
「そうよ、苦労したんだから!」
ユーリは瞳を輝かせて答える。
「見よう見まねなんだけどね、ちゃんとママに習っておけばよかったなあ」
そうだな、ちゃんと習っておいてもらえば・・・よそう、そんなことを言うのは。
ユーリを母親から引き離したのは私なのだから。
「いや、良くできているよ」
本来の『おせち料理』がどのようなものかは知らないが、自信を持って言えるのは、今私の前に積み上げられているこれではない、ということだ。
「これは・・なんだ?」
私はご丁寧に2段重ねになった箱の中から、黒こげの棒のようなものをつまみだす。
・・・炭か?
「それはね、ごまめ!田作りって言うの。小魚を甘辛く炊いたものなんだけど」
「ああ、なるほどね」
甘辛いと言うよりは、苦いな。しかも口の中に突き刺さる。
「今年も一年、りっぱな田んぼが作れるように、って」
「田んぼ?」
「お米を作るの」
なるほど、ユーリの国では『米』が主食だと言っていたな。
私は、新たな炭をつまむ。
「これは・・・なんだ?」
「豆よ!」
・・・・豆?
炭に見えるが・・・むぅ、固い。これは噛むよりは飲み込む方が良さそうだ。
「ね、美味しい?」
「ああ、旨いよ」
豆が小さいのが救いだな。
「これは・・なんだ?」
奇跡的に焦げていない。
レンコンに見える。
「これはね〜酢バスって言って〜レンコンの酢漬け!」
酢・・・・?確かに・・・さ、酸味がきつすぎる!!
「カイル?」
ユーリが2本の棒で(箸、というらしい)大盛りに皿にレンコンを取り分けようとしているのに微笑みかける。
「・・・おいしいよ」
「そう?嬉しい、じつは自信作なの。一杯食べてね?」
・・・なにもそこまで大盛りにしなくても・・。
私は・・泣いているのだろうか?やたら目がかすんでくる。
「ユーリ・・・」
私は大盛りの皿を手に、必死にこみ上げてくるモノをこらえながら言う。
「なあに?」
味見はしたのか?
私は、至近距離で光り輝く笑顔を前に、言葉を飲み込んだ。
「いや、大変だっただろう、ここまでいろいろ作るのは」
「そうでも・・ちょっとあるけど」
ユーリはぺろりと舌を出した。
「う〜ん時間がなかったからね、ちゃんと味見してないの。でも良かったあ、美味しく出来て!」
・・・・味見はしたほうがいいぞ。
私はユーリが座り直すのを見ると、猛烈に『おせち料理』をかきこみ始めた。
「・・・カ、カイル?」
ユーリが箸をのばすよりも早く、最後の『煮しめ』という塩辛いごった煮を口の中に押し込んだ。
うう、もどしそうだ。
「や、やだカイル、あたしまだ食べてないのに・・・」
ユーリがぷうっと頬を膨らませた。
「なんだそうなのか?」
ああ、我慢ならない・・頑張るんだ、私!
かわいいユーリを傷つけないために!
「あんまり旨いんで夢中で食べてしまったよ」
「もう、カイルったら!」
ユーリが嬉しそうに笑う。
なんてかわいい笑顔なんだろう。この笑顔を見るためなら、私はなんでもするぞ。
「仕方ないなあ・・カイルがこんなに『おせち料理』が好きだなんて思わなかったよ。
じゃあ、来年からはもっとたくさん作るね!」
・・・来年までに腕はましになっているだろうか?
もしかしたら、私は今年の倍の量を食べるハメになるのでは・・・
いや、それより恐ろしいのは・・・
ユーリはすぐそばで寝かせていた、私たちの息子を振り返った。
「来年はデイルも食べるんだし!」
ああ、デイル。
私は歪み始めた光景の中で瞼を閉じた・・・。
幼いおまえになんという災難が待ち受けているのだろう。
「カイル?」
なのに私は。
「そうだな、楽しみだな」
今年一年の目標は、ユーリの腕の上達、もしくは料理の阻止だ。
思いながら、柔らかい身体を抱き寄せた。
おわり
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