時の忘却

                    byなずなさん


 ずっとずっと、ここに立つことを望んでいた。
 ・・・いや、本当にわたしが望んだのかは分からない。
 これは使命だったのだから。
 わたしがこの国の皇帝となり、そして国を繁栄させること・・・
 ・・・できるだろうか?
 わたし一人で・・・

「陛下、ご即位おめでとうございます!!」
 ・・もう、何度同じ言葉を言われたことだろう。
 その言葉が重なるたび、何かがわたしの上にのしかかる。
 望んでいたはずなのに・・・

「皇子・・じゃなかった。もう陛下だね。即位本当におめでとう」
 久しぶりの華やかなユーリの笑顔。
 心からわたしのために喜んでくれている。
 誰が予想をするだろうか?
 皇帝となっても・・・手に入らないものがあるなんて・・・

「陛下、何か顔色悪いよ?大丈夫?」
「ああ、何でもないよ」
 考えても仕方のないことなのだから。
「ねぇ・・陛下?陛下は今まで大変なこと、辛かったこと、きっと何度もあったよね」
 ・・何をいきなり言い出すのだろう?
 大変だったのはユーリの方だ。
 わたしはユーリがそばにいてくれれば・・・何も辛くはないのに。
「ずっとずっと、一人ですごしてきて・・・お母さんもいなくて・・・
きっと辛かったでしょう?それに・・・
・・ううん。何でもない。これからはもっと大変になるよね。
イシュタルでよければ、いつでも力になるから!!無理はしないでね」
 ・・・わたしのことを心配してくれているのだろうか。
 母上・・そして言いたかったのはザナンザのことだろうな。
 ずっと・・・気にしていてくれたのか・・・・・

「陛下?どうしたの?」
「・・・・・・・・・」
「あはっ。寝ちゃってる。ここあたしの部屋なんだけどな。
やっぱり顔色悪かったから、疲れてたんだね。おやすみ・・」






「母上、あれを見て下さい!あんなにたくさんの花が!」
「カイル、そんなに遠くに行かないでね」
「分かってます、ザナンザ、行こう!」

 少年たちの騒ぐ声が、春の空に響く。
 空は透きとおるように青く、少し・・それでもくっきりと、白い雲を刻んでいる。
 もう雪は溶け、辺り一面に緑色の景色が輝いて・・・
 そして蕾だったたくさんの花々が、今、一斉に咲き乱れようとしていた。

「なぁザナンザ、母上はどの花がお好きだったっけ」
「え・・・。皇妃様はどんな物でも、頂いた物は嬉しそうになさるけど・・・」
「まいったなぁ。せっかく・・あ、母上ー!母上はどの花がお好きですか〜?」
 カイルが大声を出したとたん、近くにいた小鳥達がパタパタと飛び立つ。
 そんな愛らしい動作に何の感心も示す様子もなく、カイルは忙しそうに母親に似合いそうな花を探す。
「カイル・・・」
 皇妃は母親らしい優しい微笑みをカイルに向け、少し困ったような様子でカイルを座らせる。
「あのね、カイル。もしかしてわたくしのために、花を摘んでくれようとしているの?」
「はい。母上はどの花がお好きですか?」
 そばにザナンザも座り、一緒に皇妃の返事を待っている。
「ありがとう。でもね、花は摘まれてしまうより、きっとこの力強い大地の上で・・・
どこまでも続く空の下で・・・生き続けている方が、幸せだとわたくしは思うわ」
「でも母上、ここにはこんなにたくさんの花があるのですから・・・」
「ありがとう。気持ちだけでたくさんなのよ。
ひとつひとつに命があるのだから。『たくさん』なんて言葉で片付けては駄目よ。
それに・・・カイル、あなたの夢はなんだったかしら?」
「父上のような、立派な皇帝陛下になることです」
 それを聞くと、皇妃は苦笑する。
 もう何度、その言葉・・・全く同じセリフを聞いた事だろう。
 カイルは誰に聞かれても、当然のごとく言っている。
「いい?カイル。皇帝となるのは、あなたならできるかもしれない。
でも国民に愛される皇帝になるのは、言葉で言うほど簡単じゃないのよ。
あなたは本当にそうなりたいの?あなたの人生なのだから、周りのことは気にしなくていいのよ。
これは、『義務』ではないのだから・・・」
「でも、母上もそうお望みなのでしょう?」
「いいえ。あなたがなりたいのだったら応援するわ。でも自分のことは、自分で決めなさい」

 ・・・風が、流れる・・・
 さらさらと木々が揺れ、段々と冷たい大気が流れ込んでくる。
 それでも、肌寒い寒さも今は気にならないほど、カイルは真剣に考えていた。

「・・・母上。わたしは皇帝になりたいです。・・いえ・・・なります。
皆が頼りにしてくれるような・・・愛される皇帝に」
 ふっ、と、皇妃の表情が緩む。
 可愛い息子の、初めて自分の口から語ってくれた自分の夢。
 誰にも流されない意見。
 きっとこの子は夢を叶えることができるだろう。
「兄上、ぼくもお手伝い致します!」
 ずっと他で遊んでいたまだ小さいザナンザが、可愛らしく目を輝かせる。
 きっと深い意味は分かっていないのだろう。
 それでもヒンティ皇妃の瞳には、幼い子供たちへの温かい愛情が溢れていた。

 自分を強く持ちなさい
 そしてたくさんの知識だけではなく、人とふれあいなさい
 そこから多くを学べるはず・・・国民を『たくさんの人々』と片付けないように
 わたくしには、応援することしかできないけれど・・・
 きっとあなたなら、夢を叶えることができるでしょう
 ずっとずっと、見守っています・・・
 カイル・・・愛しい・・わたくしの・・・・・





「・・・ん・・・」
「陛下?起きたの?よく眠ってたよ」
「ああ・・・夢を見てたよ。子供の頃の・・・」

 そうだったな・・・皇帝となったのは『使命』なんて冷たい響きのためじゃない。
 わたしの夢だったのだ。
 そして母上、ザナンザの・・・
 こんなことを思うのは怠慢かもしれないが、国民の・・・『夢』。

 願ってくれた者、支えてくれた者が、わたしにはたくさんいる・・・
 そばに見えないだけで、こんなに不安になってしまうなんて。
 彼らの思いは変わることなどないのに。

「陛下、幸せそうな寝顔だったよ。・・・お母さんに・・・会えたんでしょ?やっぱり、寂しい?」
「いや・・・母上には、十分すぎるほど優しくして頂いたからな。
もう十分だよ。欲を言えば、もっと色々教えて頂きたかったが・・」
「ウソ。無理なんてしないで?学ぶ、とかじゃなくて・・・
・・ねぇ、陛下?あっ・・あたしに・・・もう少しさ、甘えてくれてもいいんだよ?」
「え?」
「あたしじゃ役不足なのは勿論分かってるけどさ。でも・・・」
「・・・ありがとう」
 無意識にユーリを抱きしめていた。
 久しぶりに母上の姿を拝見できたからだろうか。
 こんなに切ない・・そして温かい気持ち、もうずっと遠くに置いてきたはずだったのに。
「陛下?泣いてるの?」
 ありがとう・・・
 おまえは次の春には還ってしまっても
 母上達と同じように、わたしの中で消え去ることなどできないのだな。
 大切な存在に・・・いつの間にかなってしまった。
 わたしはたくさんの者に支えられ、そしてたくさんの者の支えになる。
 皆がいるから・・・ここに存在していられる。
「ユーリ・・今夜はここで寝てもいいか?」
「えっ・・?あ、うん。いいよ」
 少し赤く染まったユーリの顔。伏せた目が愛しくて・・・
 あと少しの間だけとは分かっているのに・・・それでも、そばにいたい。


「今夜も素敵な夢が見られるといいね」
「そうだな。今度はおまえの夢が見たいよ」
「もう・・・バカ」

 きっと、いい夢が見られるだろう。
 久しぶりに、ユーリのぬくもりに触れていられるのだから・・・


            おわり

           

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