ぷりんさん「宵花お正月プレゼンツ企画」で見事正解、リクエスト権ゲット。「しっとりザナンザ」です。


春愁

                by酔いどれバナナさん

 思い出はいつも美しく、切ないくらいに胸を締め付ける。
 ときに春の日、なだやかな風の中で目を閉じていると、カイルの瞼に浮かび上がってくるのはザナンザの在りし日の姿であって、それも最愛の弟との思い出だけに、語っても語っても語り尽くせず、ユーリを相手に時間の過ぎるのも忘れていつまでも話していたいのであった。
「あいつとはよく、この木の下で遊んだんだよ」
春の風がユーリの髪を揺らし、初花の香りが鼻腔をくすぐっていた。
「だから…あのとき、真っ先にここにつれてきてくれたんだね」
馬をつないで、ユーリはそっと木の幹に触れた。
「…大地の、鼓動が聞こえるみたい」
耳を当てると木の幹内を流れる水の音も聞こえた。まるで、カイルの胸に耳を当てているときのような、そんな錯覚にも陥りそうだった。
「ザナンザ皇子がピクニックに誘ってくれたときも、こんなに天気がよかった」
ユーリは遠くを見つめるような目で、そっとつぶやいた。
 幹に身を預けているユーリを、背後からカイルの腕が包み込んだ。
「暖かい…もう春なんだね」
 ユーリは目をつぶった。
 こうしていると、大地に溶けるような、風とともに流れているような、そんな感じがしてくる。もしかしたら母親の胎内にいるときこそ、こんな感覚だったのではないかと思いながら、ユーリは閉じた瞼の裏に幼い日のカイルとザナンザが見えてくるようだった。
「ねぇ、ふたりで何をして遊んだの?」
 追いかけっこ?それとも、この木の上からハットウサを見下ろしてた?
そんな二人が容易に思い浮かばれ、思わず頬が緩む。
ユーリは木の幹に腰をおろした。次いでカイルもユーリの隣に座り、そっとその肩を抱き寄せた。
「…ザナンザは…この木の下で…」
「うん?」
春の暖かな気候に、ユーリは少し眠くなり、カイルの肩に頭を預けた。
「ザナンザはな、よくこの木の下でかぶれたんだよ」
「……は?」
あまりに予想外な言葉に、ユーリの眠気はどこかへ吹き飛び、ユーリはカイルの真意を確かめようとした。
「春になると毛虫にかぶれては、手足や顔を真っ赤にしてな、薬を手放すことは無かった…」
「へ、へぇ、そうなんだ…」
 ユーリは驚きとともにおかしさがこみ上げてきて止まず、しかしカイルの真剣な顔を 見て、噴出すことをこらえるだけの分別はあった。
「…で、カイルはかぶれなかったの?」
上目遣いでカイルの顔を覗き込み、ちょんとその鼻先を指先でつついてみた。
「わたしは…そんなヘマはしなかったさ」
お返しだ、と言い、カイルはユーリの唇をなぞった。
「…でも一緒に遊んでいたんでしょ?」
 からかい半分でいたずらそうに言って、ユーリはカイルにしなだれかかった。
「………」
 暖かな風が、前髪を揺らしていく。
 春の匂いがやさしく、毎日の喧騒が嘘のように思える。こんな世界もあったということに、いまさらながらに気づかされてしまう。
「……ユーリ、お前…こんなところが赤くなっているぞ」
「え!?」
「もしかしてかぶれたんじゃないか? 見せてみろ」
カイルはうつぶせになっているユーリの服を背中からめくった。
「きゃあ!ちょっとカイル!!こんなところで何するのよ!?」
ユーリは慌てて逃げようとしたが、カイルの腕の力によって身動きが取れない。
 カイルはユーリの背中をなぞりながら、
「ほら、やっぱり…毛虫に刺されたんだな」
と、ちょうど矢傷のあたりに唇を寄せた。
「や…やだ、カイル…ッ…」
「薬を塗れば大丈夫だよ」
 言いながらカイルは、ユーリが唇の愛撫で身を捩るのにかまわず、口付けを止めようとしなかった。
「……ねぇ…もう……もう帰ろうよ…」
ユーリの息は上がってしまい、どうにも背中だけでは止められそうになかった。
「ほかのところも刺されていないか、見てみないと」
「あっっ!!」
めくれかけていた服が、一気にはがされた。
「ちょっとカイル…こんなところで……!!」
最後にかすかなりと残っていたユーリの理性が拒んだけれど、カイルはことに及ぼうと草むらにユーリを寝かせた。
「ほら、こっち向いて、ユーリ」
恥ずかしさでユーリはうつ伏せになっている。
「ユーリ」
 無理やりユーリをこちらへ向かせ、その華奢な身体の上に乗りかかる。
「もう、カイルってば………」
身体を反転させてカイルの顔を覗き込んだとき、
「っっっ!!!!! きゃああああああああああ!!!!!」
このときのユーリの驚愕!力の限り叫んだユーリは、脱がされた服で裸体を隠してあとずさった。
「な、なんだ!? どうした、ユーリ!!」
「い、いや!! 近寄らないで!!!」
 ぶんぶんと首を振りつづけるユーリに、カイルも脱ぎかけていた服を着なおして近寄った。
「きゃああ!! カイル、下!! 足元!!」
 ユーリは服を着ることも忘れて泣き喚きながら、カイルの足元を指差した。
「!!」
 カイルは言葉を失った。その足元には、毛虫がうじゃうじゃいたのだった。
「いやあ!! 気持ち悪い〜〜〜!!近寄らないで〜〜!!」
 愛しい寵妃の叫び声に、カイルは足元の毛虫を蹴散らした。
「ほら、これでもう大丈夫だろう?」
と、ユーリに近寄って顔を寄せたが、
「いやあああ! 近づけないで〜〜!!」
「なんでだ!!」
「…だって、カイル…顔がまっか……」
「顔?」
 はた、と思い当たった。そういえば、痒い。
 気が付かぬうちに刺されていたのだろうか、カイルの顔は毛虫に刺された後で赤く腫 れあがっていた。
「…痒いでしょ?」
 あんなに拒絶しても、さすがに夫のことだけにユーリはそっとカイルの顔に触れた。
「いや、そんなことはないよ」
 無理して笑顔を作ってみたが、一度気がつくと火がついたかのように痒くてたまらな くなった顔を、カイルは無視できなくなっていた。
「ほんとに…? でも、早く帰ろう。王宮に戻れば薬あるし…こんなところにいてもしかたないよ」
「………」
 王宮に戻ると、すぐに医者を召した。しかし皇帝の顔がかぶれたなどと知れては威信にかかわると言って、カイルは顔に巻物をして王宮に入ったものだから、側近たちの驚きようといったらなかった。
 しかし医師が言う、薬を塗って養生すればすぐに腫れも痒みも引くとの診断にはユー リも安心した。
「いまの時期は毛虫が多うございますから、ご外出の際は充分お気をつけあそばさないと」
と、言い残して医師は下がっていったが、カイルの患部に薬を塗りながら、ユーリはふと思いついて、
「ねぇ、あたしの背中にも塗ったほうがいいよね」
と呟いた。
 カイルははっとして、
「あ、ああ、そうだな、塗らないとな」
と言ったものの、声が上ずっている。
 実は、ユーリは背中を刺されてなどいなかった。春のうららかな陽気に誘われて、つ いついカイルが妙な気を起こしたものだから、うまくユーリを丸め込むために思いついたことだったのだ。
「あたし、痒くないんだけどなぁ」
 ユーリはいまにも服を脱いで、確かめようとしている。
「そ、そうか? よかったじゃないか、あまり大したことなかったんだよ」
 女の直感か、ユーリはこれがカイルの嘘ではないか、と思った。いぶかしみつつ、
「…カイル、嘘ついた?」
と上目遣いで聞いてみると
「ばかな!わたしがおまえに嘘をついたことなんてあるか?ないだろう?」
と多少慌てながらもユーリのご機嫌をとろうと、手の甲に唇を当てた。
 ちょうどそこへハディが手桶の水を取替えにやってきて、ユーリは、背中を見てくれ、と服を脱いだ。
 ハディは慌てながらも、
「そ、そうですね…たしかに赤い痕がありますが…」
と伝えたものの、何の事はない。先ほどカイルがつけたキスマークと、背中を改めているときに感じたカイルのすさまじい視線のためなのであった。
 キスマークがついているなどとは露ほども思っていないユーリは、まだ全てが晴れ切った顔はしていなかったが、カイルに抱き寄せられたときに抵抗しない分別だけはあり、おとなしくその腕の中に納まった。
 カイルはほくほく顔で、
「ほらな、おまえのは軽症なんだよ。薬はわたしが塗ってやろうな」
と背中を撫でた。
「…じゃあ、カイル、腫れが引くまで、夜は別々に寝ようね」
 思いもよらない言葉に、カイルは思わず手を止めてしまった。
「だって、医師が安静にって…しかたないよ、皇帝陛下が腫れた顔で人前に出るなんてみっともないもの」
「…あ、ああ、そうだな……」
 カイルは心の中を冷たい風が通り抜けていくのを感じた。
 そういえばザナンザもよく顔をかぶれさせていたなぁと思いだして、あのとき、ザナ ンザはしばらく外に出ることもなかったっけ、と幼いザナンザが部屋の中で一人遊んでいる姿が脳裏に浮かんだ。
 春の風が暖かいだけに、心に吹いた風の切ないこと。
 なんとも胸を締め付けることよと、カイルは涙を飲む想いであった。


                (おわり)

      

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