ぷりんさん奥座敷にて20000番のキリ番ゲットのリクエストは「カイル、ザナンザにおねだり」です。難しいなあ・・・

PROMISE


 兄上の声がする。
 低く、ささやきかけるように、その声は流れてくる。
 中庭には、厚く葉を重ねた木々が濃い緑の影を落としている。
 風が、木々をすり抜け、むせかえる下生えを揺らしている。
 その中に、埋もれるように座り込んだ兄上は、先ほどからしきりに腕の中に話しかけているのだ。
 兄上の腕の中には、小さな身体がすっぽりと収まっている。
 まだ幼いままの表情をした黒髪の少女。
 妍を競う綺羅綺羅しい貴族の姫君達が一度も手にすることの無かったものを手に入れたのは、頼りないほどに細い異国の少女だった。
 兄上が、少女の髪に指をからませる。
「・・・わかったか?・・・」
「わかったよ」
屈託のないその声は、澄んで明るい。
 兄上が、少女の方に顔を傾けた。
 私は、急にのぞき見をしていたのが後ろめたくなって、顔を背けた。
 兄上とその寵姫のむつみ合う姿をかいま見るなんて。
 私は、ため息をつく。
 もっと考えなくてはいけないことがたくさんあるはずだった。
 私は、異国へ旅立つことになっている。
 その国には、私の妻となる女性が待っているはずだ。
 夫に先立たれ、寄る辺なくかっての敵国に救いを求めた、元王妃が。
 格式のある婚礼の調度は父がそろえてくれる。
 しかし、道中の警護や、細かな支度は私自身が差配しなければならない。
 このようなところで時間を潰しているわけにはいけないのだ。
 私は、執事が大声で目録を筆記させている部屋へ、きびすを返した。


「ザナンザ皇子、ちょっといい?」
 戸口で声がする。
 私は振り返ると、半分だけ顔を覗かせている少女に微笑んだ。
「どうしました?」
「う・・ん」
 もじもじと少女は入ってくると、私の顔をみあげて小首をかしげた。
「あのね、道中輿を用意してくれるって言ったけど・・あたし、アスランに乗って行ってもいいかな?」
「アスランに?」
 私は思わず眉をひそめた。
 これから私たちが向かうのは砂漠だ。
 エジプトに向かう途中にはいくつかの砂漠が拡がっていて、そのうちの一つはどうしても越えなければならない。
 いくら彼女が馬に乗り慣れているとはいえ、照り返しのきつい行程を馬でこなそうというのには無理があった。
「あまりお勧めはできませんよ、ユーリ」
 エジプトからの使者は、砂漠を越えた町で待っている。そこまでは「イシュタル」として私を送ってもらう事になっている。
 片時もそばを離したくないはずの少女を、私につけてくれるのは兄上の精一杯の心づくしなんだろう。
「道は楽ではないのですから」
「でも、なんだか大ごとだし・・あたし、アスランに乗るのは好きだから」
 言って少女は笑顔を見せた。
「心配しないで!」
 確かに、彼女の乗馬の腕前は私も認めている。戦場を鮮やかに駆け抜ける姿は、兵たちが少女を「戦いの女神」として崇めるのも分かるほど生き生きとしている。
「だがね、ユーリ」
 兄上はなんと言われるだろう。
 この、同年代の女性と較べても華奢で小柄な寵姫が、困難な道を選ばれることに決して良い顔はされまい。
「ザナンザ、ユーリの言うとおりにしてやってくれ」
 声がして、すぐに兄上が入ってこられた。どうやら、戸口におられたらしい。
 やはり、兄上は出来る限り寵姫のそばを離れたくないとみえる。
「しかし、兄上・・」
「馬に飽きれば、自然に輿に乗る気になるだろう」
「飽きるなんてそんなこと!」
 唇を尖らせたユーリの身体を、兄上は大事そうに腕の中に抱き込んだ。
「これは言い出したら聞かないんだ。疲れが溜まるようなら、ザナンザ、お前が気をつけてやってくれ」
 そうして、兄上はユーリの額に唇を押し当てた。
「道中、気をつけるんだぞ?」
 私はぼんやりとその二人を眺めていた。
 兄上が指をからめている艶のある黒髪の柔らかさを、私は知っている。
 細い肩や薄い胸の白さや滑らかさも、すんなりと伸びた手足のしなやかさも、私自身の手のひらが覚えている。
 だが、それがどうだと言うのだろう?
 ユーリは兄上の唯一の大切な寵姫で、私は異国に婿入りする身なのだ。
 兄上もユーリも、私が過去に侵した過ちはすべて水に流してくれる。
 私たちは兄上と寵姫と、その腹心の弟という立場で向かい合っている。
「ザナンザ皇子に迷惑はかけないよ!」
 ユーリが言う。
 私は微笑む。
 兄上に対するように、ときどき拗ねてみせ小さな癇癪でクッションを投げつけたりしてくれても構わないのに。
「迷惑だなんて・・光栄ですよ。イシュタルの祝福が受けられるのですから」
 無駄なことを考えているとは分かっている。
「ザナンザ、ユーリを頼む」
 兄上の声が言った。
 私は、わずかに震えた。
 これと同じ言葉を、同じくらいに真剣な声色で耳にしたことがあった。


 あれは、ユーリがミタンニの黒太子に捕らえられたとき。
 野営のテントに私を呼びだして、兄上は命じた。
 これから捕虜に身をやつして、首都ワスガンニに潜入するように。
 そして、黒太子の後宮に捉えられているユーリを見つけだして奪取せよ、と。
「ザナンザ、ユーリを頼む」
 私を凝視する兄上のまなざしは、かってみたことがないほどに真剣だった。
 兄上はもっとも大切なものを私の手に託そうとしている。
 私は頭を垂れた。

 あの時、私はユーリを連れ帰ることが出来なかった。
 ユーリ自身が残留を望んだからだが、そのことを聞くと兄上は「そうか」とだけ答えた。


 背後から抱きしめられたまま、ユーリが私を見上げている。
 私は兄上にうなずく。
「ええ、無理はさせませんよ」
 この、得難い娘をいささかも損なうことなどありません。
「兄上の手元に無事に帰してごらんにいれますよ」
 この少女の笑顔が曇ることなどないよう。
 兄上と同じに、私も望んでいるのですから。


『ザナンザ、ユーリを頼む』
 私は繰り返されるその言葉を聞く。

 はい、兄上。必ず、お守りします。    

                 おわり

     

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