悲しい色やね


 祝宴は大いに盛り上がっていた。皇帝からの振るまい酒に、人々は顔を赤らめて御代を言祝ぐ。
 歌い出す者もいる。だが、にぎにぎしい盛り上がりのうちに、暗い表情の親子がいた。
「父上・・どうしましょう?」
「・・うむ・・困った」
 どちらともなくため息が漏れる。
「お待たせしました!」
 司会者がステージの上で大声を張り上げた。
 広間にいた全員が一斉に拍手を送った。
「これより、ヒッタイト皇帝ご成婚記念『隠し芸大会』を始めます!」
 待ってました、とかけ声がかかる。
 議員の内の何人かが準備のためだろうか、立ち上がって控え室に向かった。
「これは、アイギル議長!」
 とある元老院議員が真っ赤な顔をしたまま声をかけた。
「なにやら、今年は大がかりな芸を見せていただけるらしいですね」
 片手のカップをぐいっと空ける。
「しかしね、私の所も今年はそうそう負けやしませんから!」
 大声で笑うと、突き出た腹を揺すりながら、議員は別の者に声をかけるために立ち去った。
「あれは・・・狙っているな」
「狙うって『隠し芸大賞』ですか?」
「うむ」
 アイギル議長は苦虫をかみつぶした顔のまま、息子のキルラにうなずいた。
「前回のシュッピルリウマ帝とナキア妃のご成婚のときにワシに『隠し芸大賞』を奪われたことをまだ根にもっているらしい」
「そんな、父上!」
 キルラは頬を紅潮させた。
「父上の傘回しの見事さは誰もが認めるところです。私がイリュージョンなどと浮ついたことを考えなければ、今年だって・・・」
「言うな、キルラ!」
 アイギルは息子の言葉を制した。
「あの、『宴会女王』がナキアさまだったとは、我々の誰一人として想像していなかったのだ」
 今回の『隠し芸大会』でアイギル親子はアイギル家の命運を賭けて「人間消失」に取り組もうとしていた。
 しかし、大がかりな芸には、素早い身のこなし華麗な表現力を持った「消失女性」が必要だった。
 人材不足から途方に暮れる親子の前に現れたのは、顔をマスクで隠した『宴会女王』と名のる化粧の濃い女だった。
 それが、いまや追放処分になった元皇妃ナキアだと誰が予想できただろう。
 親子はナキアを相手に何度もリハーサルを繰り返し、いまや生まれながらの手品師のようにまで技術を磨いた。
 なのに、ナキアは捕らえられた。
 罪人として、宴会への出席を禁じられた。
 『隠し芸大会』で「人間消失」を演じるのは不可能だった。
「アイギル家は・・・棄権か・・・」
 アイギルは唇を噛みしめた。このような不名誉は、ヒッタイト屈指の名家であるアイギル家にとって屈辱以外のなにものでもない。
 わっと、会場が沸く。
 ステージの上では、むくつけき議員が「白鳥の湖」を華麗に踊っていた。
「お父様!」
 そのとき、声がかけられた。
 振り向くと、娘のギュゼルが孫のカイルを連れて微笑んでいる。
「ギュゼル?」
「ごめんなさい、カイルがどうしてもお父様の芸を観たいって」
 ギュゼルが息子を抱き上げると、幼いカイルはアイギルに手を伸ばした。
「おじいちゃま、カイル、おじいちゃまをおうえんしてるの!」
 アイギルは、孫から顔を背けた。唇を噛む。
 そんな祖父の姿には気づかず、カイルはあどけない声で言った。
「おじいちゃま、がんばってね!」
 キルラは、おろおろと父と甥を眺めた。
「姉上、じつは・・・」
「キルラ!」
 アイギルは顔をあげた。いつのまにか、その顔には固い決意があった。
「は、はい!?」
「準備をしろ!」
「しかし、父上!」
 アイギルは、お守り代わりに持ってきていた古びた番傘を握りしめた。
 先の隠し芸大会で大賞を取ったときの名誉ある番傘だった。
「『宴会女王』がいなくては、イリュージョンは・・」
「イリュージョンではない。・・・我々が見せるのは・・傘回しだ」
「父上!」
 キルラは息を飲んだ。
 番傘回しはもう古いと言って、イリュージョンを演じることに最終的に決めたのは父親だったからだ。
 アイギルは、傘を手にしたまま、立ち上がった。
「いいか、キルラ・・・芸人はたとえたった一人でも自分の芸を観に来てくれる客がいる限りは、舞台を降りちゃいけない」
 舞台を睨み付ける。
「笑われようが、けなされようが、それが芸人というものだ・・ワシは一人でも舞台に立つ!」
「お一人にはさせません!」
 キルラも立ち上がった。ポケットから、急須と枡を取りだしている。
「私も『宴会大賞受賞者』の息子です!どうぞ、舞台にお連れ下さい!」
 アイギルは黙って息子を見た。目には涙が光っていた。
 ゆっくり、うなずく。
「続いては、アイギル議長とご子息キルラさま!!」
 司会者が紹介する。
 もう、迷わなかった。舞台が呼んでいる。
 二人は、人垣の中をまっすぐにステージへと歩き出した。
「お父様・・・」
 ギュゼルは目頭を押さえた。
「かあしゃま?」
 カイルが不思議そうに見上げる。
「カイル、見ておくのよ・・・あれが・・芸人・・・本当の芸人馬鹿よ・・」

 割れるような拍手の中、アイギルの芸が始まろうとしていた。


             おわり

          

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