へろへろウインター

                by節分屋マリリンさん

「陛下、皇妃陛下からのご伝言でございます。」
 後宮から女官がやってきた。
「今夜は後宮の皇妃陛下のお部屋に、これをつけておいでくださいますように、とのことでございます。」
 執務室に届けられたこれはいったいなんだ?
「これをつけてこいと言うのか?」
 しげしげと眺める。
「は、はい。そう伝言するようにと」
 女官は平伏する。
 あいつ、今度はいったい何を思いついたんだ?
 いや、もしかしたら、また例の「日本の行事」かも知れないが。
 いったい、どれだけあるんだろう?
 これは新手だ。どれだけ眺めても今までの中に思い当たる行事はない。
「うーん。」
 唸り続ける私の手から、イル・バーニがひょいとそれを持ち上げると、
「陛下、まだお仕事が終わっておりません。早くなさらないといつまでたっても後宮にお戻りになれませんぞ。」
と私の顔を覗き込みながら言った。

 なるほど、仕事を終わらせなければ後宮に戻らなくても済むわけだ。
 それも一つの手かもしれない。
 私の今までの経験が、今日は戻らない方がいいとしきりにささやくのだ。

 しかし、世の中はうまくいかないものだ。
 このようなときに限って、たいして重要な案件もなく仕事はスムーズに片づいてしまった。

「陛下、本日の仕事は終了しました。どうぞ後宮へお戻りくださいませ。」
 イル・バーニの言葉が何か胡散臭く感じられる。
 いつも、ユーリのために早く戻ろうとすれば邪魔をしてくるくせに、今日はさっさと戻れだと。
 なにか、おかしいぞ。
 今日のような日にこそ邪魔をして欲しいのに。
 ため息をつきながら、私は立ち上がった。
「早くお戻りになれるのに、ため息をつかれるとは、どうかなさったのですか?」
 イル・バーニ、お前の口元に笑いが漂っているような気がするのだが、それは私の気のせいか?

 私は、ユーリから届けられたものを手に持って、執務室を出た。
 こんな物をつけて、執務室から後宮まで歩いたらどんな騒ぎになるか。
 ユーリの部屋に入る前につければいいだろう。

 執務室から後宮まで、こんなに近く思われたことは今までになかった。
 扉の前で大きく深呼吸すると、私は手に持っていた物をつけて部屋に飛び込んだ。

「きゃあ、鬼が来たわ。」
 ユーリの叫び声が聞こえる。
 それを聞いたデイルとピアは
「鬼は外」
 そう言って私に何かぶつけてくる。小さい物だが、数が多いし結構痛い。
 私は、ユーリの部屋の中を逃げ回った。外へ出れば、別の騒ぎが起きそうなので、外へ出ることは思い留まったのだ。
 子ども達は、喜んでいつまでも追いかけてくる。
「もう降参だ。ここまでにしてくれ。」
 息をきらしながら私がそう言うと、子ども達はやっとやめてくれた。
 ユーリは笑い転げている。

 後で聞けば、これは、日本で節分とかいわれている行事だそうな。ひどい行事があったものだ。
 来年は、鬼の役は辞退しよう。

「子ども達は寝たのか?」
 部屋に戻ってきたユーリに声をかける。
「うん、今年の災いを追い払ったのだと、満足そうな顔をしていたよ。」
 私は、災いなのか?今日の私にとっては、お前が災いだったぞ。
 心の中でつぶやきながら、後ろを向いてワインを注いでいるユーリにアーモンドをぶつける。
「いったあい、何するの?」
「痛かったか?」
 私は、いっぱいぶつけられたんだぞ。それを。
「あれ?アーモンド?寝台にも飛び込んでいたの?」
「ああ、全部拾ったつもりだったがな。」
 さっき、子ども達にぶつけられていたものは、アーモンドだった。
「なぜ、アーモンドなんだ?」
 私の疑問にユーリが答えた。
「だって、あとから殻をむけば食べられるでしょう。」
「・・・・・・・・。」
「食べ物をを粗末にしちゃいけないと思って。」
 そうか、そうだったのか。そこまで考えていたとは・・・・さすがだ。しかし私は痛かったぞ。



 翌日、執務室の机の前で私は唸っていた。
 今日はなぜか書簡の数が多い。
 もしや・・・・疑念は今や確信に変わった。
 じっとイル・バーニを睨み付けていると、イル・バーニの口元にふと笑いが浮かんだからだ。
「イル・バーニ。お前昨日私を後宮へ戻すために、仕事を今日に回したな。」
 おかげで私は、ひどい目にあったぞ。
 しかし、イル・バーニはしれっとしている。


「では、陛下はこれを履いて、これを持って後宮中を走り回りたかったとおっしゃるんですか?」
 イル・バーニが出してきたのは、豹柄の腰巻き(のような物)と黒くて太い棒(のような物)
「なんだ、これは?」
「鬼の履くパンツと金棒だそうです。これを陛下が身につけて後宮を逃げ回ってもらうのだと皇妃様はおっしゃっておいででした。」
「・・・・・・・・・・・」
「本当は、パンツは虎の皮でできているそうですが、戴冠式の時の陛下のマントを思い出されたようで、」
 それで、豹柄なのか。ちょっとまてよ。
 ということは、、あの時の私のマントはこのパンツになってしまったということなのか?
 私はイル・バーニを見つめた。
「皇帝がそのような格好で後宮を走り回るなどとんでもないことです。」
 侍従長は年寄りの頑固さを顔に貼り付けたまま失神してしまうだろうか?
 ユーリや私が王宮のしきたりを無視するたびに疲れが貯まっていくらしい侍従長の顔が浮かぶ。
「衛兵たちも、又何事かと驚くでしょうし。」
 そう言えば、ユーリと夫婦ごっこをしたとき何かのまじないではとイル・バーニが呼ばれていたっけな。
「私が、皇妃様にお願いをして、かなり譲歩していただいたのですよ。条件は皇子殿下が起きてみえる間に陛下に後宮に戻っていただくこと。」
 イル・バーニは、視線を机の上に向けた。
 つられて、私も視線を机の上に戻す。
 それで、今日はこんなに書簡が積み上げられているのか。
 目の前の山を見てため息をつく。
 しかし、ユーリのはじめの心づもりからすれば、昨日はかなりましな扱いだったようだな。
 これは、イル・バーニの配慮のおかげか?

「イル・バーニ。」
 少し気を取り直した私の口はなんとか言葉を紡ぎだした。
「はい、陛下。」
 何を言い出すのかと身構えたイル・バーニは私の言葉を聞いて呆然とした。

「ユーリの戴冠式の時の私のマントは無事なのだろうか?」


                おわり

     

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