世界暖房化計画



「ユーリ、なにをしているんだ!?」
 思わず手に抱えている固まりを取り落としそうになった。
「とっとと・・・」
 よろめいたあたしを、大きな腕ががっしりと支えた。
「ああ、ありがとう!」
 あたしは腕に抱え込んだ雪の固まりをそのまま持ち上げようとした。
「ここに載せるのか?」
 目の前の大きな雪山を指して、カイルが訊ねた。
「うん、そう、この上に載せて」
 カイルはあたしの腕からやすやすと雪玉を取り上げると、定位置にセットした。
「で、こんなに遅くに何をしているんだ?」
 心なしか、怒っているみたい。
「雪だるま・・・」
 小声になってしまうのは仕方がない。
 あたしは出来る限り身体を小さくして、ポケットから調理室で見つけた炭を引っぱり出した。
「デイルとピアに雪だるまを作って上げようと思って・・・」
 ここのところ、仕事が忙しくて遊んで上げられなかったから・・・。
「ほらね、今朝だって雪が積もったって知らせに来たけど相手して上げられなかったでしょう?」
 折からの積雪のせいで帝国内の交通は麻痺している。仕事が増えるのは仕方なかったけれど。
 侍女に連れられてしょんぼり帰って行く二人の姿が思い浮かぶ。
「だからね、朝起きたときに雪だるまが出来ていたら喜ぶかな・・って・・・」
 雪だるまの顔に炭で手早く目と眉をつけながら、あたしは慌てて言った。
「だからといって、こんな遅くなってから雪の中にいるなんて・・・」
「ごめん、すぐに済むから!」
 鼻の位置を決めようとしていたあたしの手の中から人参が消えた。
 見上げれば、カイルが怒った顔のまま、雪だるまに鼻をくっつけていた。
「帽子も被せておこう」
 むすっとカイルが言う。
 素早く垂れかけた片っ方の眉を直すあたり・・・。
「用意はしてるの!」
 やっぱり調理室から持ち出した桶を見せると、カイルが重々しくうなずいて雪だるまに被せた。
 微妙な角度を何度も修正して、ようやく満足したみたい。
「さて、明日の朝。なんとかして子ども達をココまで引っぱってこなければいけないな」
 カイルの腕があたしを抱き寄せた。
「母さまが、こんなに冷たくなって作った雪だるまだからな。きっと大喜びするぞ」
 腕の暖かさに、あたしは自分の身体が冷えていたことに気がついた。
「夢中になってたから、つい・・・」
 ばつが悪い。カイルが指先に息を吹きかけてさすってくれる。
 大きなマントがすっぽりとあたしを包み込む。
「おまえが風邪を引いたら、子ども達が悲しむ・・・もとも子もないだろう?」
「ごめんなさい・・・」
 言いながら身体をすり寄せる。
 カイルだって今朝の子ども達を見て胸が痛んだはずだから。
「こんなに冷えている・・・暖めてやろう」
 耳にするだけで体温が上がる気がする声が、囁いた。
「う・・・ん・・」
 赤くなってうつむいたあたしの身体がフワリと浮き上がる。
「まず、湯殿に行ってだな、すみずみまでマッサージしてやろう」
「え?」
 あたしはカイルを見下ろした。いたずらな瞳が見上げている。
「いい・・遠慮しとく・・・」
 身体をよじるけれど、抱き上げられてしまって逃げられないことは分かっていた。
「どうして?」
「どうしてって・・・」
 決まってるじゃない。と言ってもカイルはもうさっさと歩き出している。
 ちょっとだけ腹を立てているのかも知れない。
「だって、お風呂くらい一人で入れるし」
 カイルはもうすっかりその気だし、こんなこと言っても無駄なんだろうけどね。
「私と入るのがいやなのか?」
 お風呂はイヤじゃないよ?その他のことがあって、おちおち入っていられないのがイヤなんだけど。
 思っている間に、カイルはさっさと湯殿に踏み込んでしまった。
 もうすっかり日は落ちているのに、灯火がたくさん並んでいて、明るい。
 湯船から湯気があがり、熱気があたしを包んだ。
 寝椅子の上に下ろされて、あたしは一瞬逃げようかと思ったのに、身体が動かなかった。
 つまり・・・
「いやなのか?」
 床の上に膝を着いて、あたしの顔をまっすぐに見上げながらカイルがもう一度訊ねた。
 あたしは、ますます顔や耳に血が上るのを感じた。
 いやじゃ・・・ないんだよね・・・
 身体が動かなかった、っていうのはつまり。
 あたしはゆっくり頭を振った。
 あたしの身体は、暖めて欲しがってるってこと?情けないことに。
「いいんだな?」
 どうして、そんなに嬉しそうに言うんだろう。
 このまま素直に降参するのも何だか悔しい。
 あたしはカイルの首筋にしがみつくと、冷たい指先を思いっきり背中に押し当てる。
 ひやっとカイルが肩をすくめたような・・・
 あたしはにっこりと笑ってから、やっと言葉にした。

「いいよ、暖めて」


                  おわり?
    

    

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