あかねさん「奥座敷」にてキリ番げっと(600番)。リクエストは「カイルの怖いもの」でした。
でも、原作にも出ているからね・・・月並みなものになってしまいました。
「カイルの怖いもの」
「きゃぁぁ!!カイルっお願い!!」
目をしっかり閉じながらぴょんぴょん飛び跳ねていると、カイルの手があたしの髪をかすめた。
「ほら、取れた」
言われて、おそるおそる目を開く。あきれた顔をしてカイルが立っている。
「まったく、騒がしいヤツだな」
差し出された手には赤く熟れたスモモがのっていた。ちょっと上目遣いにそれを受け取る。一応、足下を見まわしてから。
「もう、いないよね?」
さっき、木の上からあたしの上に降ってきた、あいつ。
「さあね・・・甘い実の生る木には、虫がつく。あたりまえのことだろう?」
言いながら、ひょいと手を伸ばして実をむしる。あたしが苦労して手を伸ばしていたのとは大違い。この身長差は大きい。
「虫ぐらいで大騒ぎするなんて」
「だって、怖いんだもの!!」
あんな大きいのが頭の上に落ちてきたんだから、騒がない方がおかしい。
カイルは鼻先で、かすかに笑った。笑いながら、あたしの腕の中にスモモをいくつも放り込んだ。
なんか、馬鹿にされている。
むくれているあたしを無視すると、カイルは敷物のほうに歩き出した。
「ほろ、デザートはそれくらいでいいだろう?」
「あっ、待ってよ」
いっぱいの果実を落とさないように気をつけながら、後を追う。けっこう重いんだから、持ってくれてもいいのに。
先に座ってワインを飲み始めたカイルの上に、ばらばらと落とす。
「はい、デザート!」
「こいつめ!」
カイルが手を引っ張ったもんで、倒れ込んだあたしは自然に膝の上の乗るかたちになった。
「いたずらばっかりして、せっかく二人きりなのにもっと他にすることがあるだろう?」
「さあね」
言って、甘そうなのをひとつ、かじった。
酸っぱい。
顔をしかめたあたしに、カイルはこんどは声を立てて笑った。スモモを拾うと、歯をたてる。
「こっちは甘い」
「ほんと?」
確かにカイルの手の中のスモモの方が、赤味が濃い。カイルの唇が近づいた。あたしは目を閉じる。
「な?」
「・・・うん」
口移しの果肉は、本当に甘かった。手の中に、歯形のついた甘い実を押し込まれたけれど、あたし達は別の甘さを味わうことにした。
あたりの木がさわさわ音を立てている。
空は晴れ上がって、木漏れ日は踊りながらあたし達のまわりに散っている。
カイルの腕の中で、背中にまわした手に力を込めながら、つぶやいた。
「気持ちいいなあ」
「そうか?」
「うん、お天気もいいし、景色も綺麗だし、カイルと一緒だし」
カイルが身体を横にしたのであたしの身体は、その上に被さることになる。
目を閉じたカイルの顔を、指でなぞる。まつげがとても長い。
「お仕事忙しいのに、お休み取ってくれてありがとうね。二人で出かけたかったの」
「ここは、気に入ったか?」
「うん、とっても」
急に開いた琥珀色の瞳が、いたずらそうにきらめく。
「毛虫が落ちてきても?」
あっ、やなこと思い出した。
思わず、カイルの頬をつねってしまう。
「カイルだって怖いものあるでしょう?」
「さあな」
なんか余裕なところが悔しい。
あたしはカイルから離れると起きあがった。
「ユーリ?」
「ついてこないで」
怒ったまま、歩き出す。絶対カイルの怖いものを見つけないと。でないと、からかわれっぱなしだ。
ずんずん歩いたまま、灌木の中に入る。そっちには泉があって、そこで顔を洗いたかった。カイルが顔中にキスしたので、スモモがついている気がしたから。
茂みの切れ目にさしかかったとき、足下をなにかが動いた。
!!!
「きゃぁぁぁ!!」
長くて、にょろにょろしたもの。蛇を思いっきり踏んづけていた。
怒った蛇は、当然頭をもたげる。
噛まれる!
目を閉じたあたしの身体を、強い腕が引き寄せた。
「ユーリ!!」
鞘のままの剣が、蛇をすくい上げ、遠くに振り飛ばした。
いつのまにかカイルが来ていた。
「あ・・カイル?」
しまった、蛇が怖いことまで知られてしまった。そう思った。
からかいの言葉を覚悟していたあたしの身体を、カイルが強く抱きしめた。
「毒のある蛇だ。噛まれたのか?」
「ううん」
いきなり抱え上げられると、元の場所まで運ばれる。敷物の上におろしたあたしの足を、カイルは丹念に調べた。
「・・・噛まれてないよ、カイル」
カイルの表情が真剣すぎて、小声で言うのがやっとだった。納得したのか、カイルが顔をあげる。
「・・・よかった」
心の底からの安堵の声に、思わず首に抱きついた。腕に力を込める。
「カイルも、蛇が怖いの?」
カイルの腕がまわされる。
「・・・ああ、今はな」
二人とも怖いのなら、弱みにはならないな。
だけど、なんとなく分かった。きっとカイルが怖がっているのは、もっと別のことだよね?
あたしは、なんだか泣きたくなった。カイルの腕の中で目を開くと、相変わらず晴れわたった空が広がっている。
「・・あたしも怖いけど、二人でいれば大丈夫だよね?」
カイルが無言で腕に力を込めた。もういちど胸に顔を埋める。
木々をそよがせるとても気持ちのいい風の中、あたし達はしばらくそうやって抱き合っていた。
おわり
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