復元

               by千代子さん

 死神博士、彼は不可能を可能にする天才であった。
 あるとき、胸の大きな(ちょっと垂れぎみだが)一人の女性が、侍女と思しき女とともにやってきた。
 歳のころは30代前半か、それにしてはやつれた頬が目に付いた。
「なんの御用じゃ」
 博士が椅子を進めると、女性はしおらしく座る…と思いきや、いきなりドガッと椅子の上であぐらをかいて、侍女に顎をしゃくって見せた。
 あんぐりと口を開けたまま、二の口が聞けない博士に侍女は丁寧に、
「このお方は某国の前皇太后さまでございます。
今日は博士に折り入ってご相談がございまして参りました。わたくしは侍女のヒネモスと申します。まぁ、姫さま、人さまにお願いをするときはそんな横柄な態度をとってはなりませぬ。三つ指をついてお願いするのが礼儀でございますよ」
と、早口で言ってのけた。
「ヒネモス! おまえはわたくしに指図をするというの!? わたくしを誰だと思ってるの!!!」
「姫さま、いくら身分がありましても、いまの姫さまは罪人の身。それにまぁ、なんですか! わたくしが寝る間も惜しんで作った股引を穿いておられないなんて!!」
「あんなモノ、穿いていたって役には立たないわ!!」
「そんなことございません、歳をとれば下半身を暖めないと、いずれ身体にガタがきますわ…」
 ヒネモスは、泣いているようだった。
 博士は恐る恐る用件をもう一度聞いてみると、ヒネモスは唐模様の風呂敷包みをあけて、中から金色の髪の毛を取り出した。
「これは、とあるお方の髪の毛でございます。ある罪を背負って亡くなられましたが、博士のお力をもって、どうぞクローンとして再生していただくわけにはいきませんか?」
「髪からクローンとな」
 博士はどこかで見覚えがあるようなその金色の長い髪を手に取ってみた。
「クローン再生は、わしよりも玄武の高雄のほうが得意なのじゃが……」
 しかし、一千年もかかるでの、と博士は呟いたが、その声は誰にも届かないほど小さかった。
「お礼は弾みます、と、姫さまはおっしゃっておいでです」
 あぐらをかいているこの女性の、どこに謙虚な気持ちがあるのだろうか、と思ったが、そこは博士と名を知られている以上、必ずや成功させなくては、と死神博士は奮い立った。
「よかろう。では、この髪は預からせてもらおう。しかし何事にも失敗はつき物じゃ。
うまくいかなかった場合のことも、考えておってくださいの」
 博士はそう言うと、部屋の奥に姿を消した。

 その数日後、博士から連絡が入り、ナキアとヒネモスは再び研究所を訪れた。
「普通クローン再生には時間がかかるんじゃが、わしが開発したこの機械によって短時間で再生を……」
「んなことはどうでもいいのじゃ!! で、出来たのかえ!? 出来なかったのかえ!?」
 博士の説明を、横槍を投げてナキアは妨害した。
 博士は少し複雑な表情を浮かべていたが、さすがに口には出さず、そっと奥の部屋の扉をあけた。
「さぁ、こちらへおいでなされ」
 博士が手招きする。
「いかがじゃな」
「!!!」
 ナキアは息を飲んだ。そこにはまぎれもないウルヒの姿があったのだ。
「思い出したんじゃが、彼は以前にわしがサイボーグにした者だったんじゃな」
 博士は合点がいったという顔で頷く。
「おお、ウルヒよ! 会いたかったぞ! やはりサイボーグでは防水加工もしてないしフラフラもしてないし、張り合いがなくてのう…」
 ナキアは泣いているようだった。
「さぁ、服を着替えよ。用意してまいったぞ」
 ヒネモス、着替えを手伝ってやりなさい、と言って、その言葉どおり、ヒネモスがウルヒの服を脱がしたとき…………
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 姫さま!!!」
 ヒネモスは部屋の隅に後ろ向きで避難した。
「なんだ!!」
「フラフラがありません!!」
「なんだと!?」
 ナキアも思わず顔を近寄せてじっと見た。が、いくら探してもウルヒのフラフラは見つからなかった。
「そこまで大きくはないと思っていたが……まさかないとは……」
 茫然自失に近い表情で、ナキア自身がよろめいてフラフラしていた。
「なぜだ…なぜクローンウルヒにフラフラがないのじゃ…」
 がくりと机に手をついてうなだれるナキアに、博士が言った。
「この髪はいつ切り取られたものかえ?」
「…ヒネモス、いつのものだ?」
 ナキアはうなだれたまま聞いた。
「それは…ウルヒさまが亡くなられて曝されたときに、夜にこっそりと切り取ってきたものでございます。姫さまへのお形見と思いまして…」
「ではなにかぇ? おまえは素っ裸のウルヒを見たのか?」
 ようやくナキアが顔を上げて、ヒネモスをまじまじと見つめた。
「でででで、で、ですが、暗かったし、じっくり見てはおりませんわ!!」
「しかし見たのじゃな!?」
「見ておりませんとも!!!」
「あー、つまりじゃな」
 二人のやり取りに、博士が割って入った。
「クローンは、オリジナルから切り取った年齢の細胞が元になっとるから、そのときについておらなければついておらぬのじゃ」
 ナキアの耳に、博士の声が空しく響いた。さらに追い討ちをかけるかのように、
「どうするね? このクローンウルヒは……」
 三人は、半裸で立ち尽くすクローンウルヒを見つめた。しかし、いくら穴の開くほど見つめても、フラフラしていないものはしていないのだった…

                (おわり)

     

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