世界甘党化計画(あるいはファミリーホラー劇場)
父さまはずるい。
普段はとっても優しいのに、この時期だけボクたちの父さまはケチになる。
ボクたちだって父さまと同じくらい母さまのことが大好きなのに、いつだって独り占め。
「お前たちがもう少しオトナになったらな」
なんて。
弟のピアがぶつぶつ言っている。
「また、きっと独り占めなんだ」
「母さまがどんなに大きいのを作ったって・・・」
ボクたちの母さまは普段からお仕事が忙しい。
ヒッタイト帝国の皇后陛下だからね。
でもそんな母さまが、この季節になると調理場にこもって必ず作るモノがある。
それは『チョコレート・ケーキ』。
両手で一抱えもある大きなケーキを母さまは作る。
「女の子にとって、一年で一番大切な日よ」
母さまは言う。
だから、一番大好きな父さまのために『チョコレート・ケーキ』を作るんだって。
ケーキは真っ黒でほかほかしている。
母さまがそのケーキを持っていくと、父さまはいつも目をいっぱいに開いて言う。
「また大きいのを作ったもんだな、ユーリ」
「だって、カイル、好きでしょう?」
母さまはちょっぴりほっぺを赤くして言う。
「ああ、大好きだよ」
父さまはそう言うと、しばらくケーキを見つめている。
きっとすごく嬉しいんだろう。一回だけ、ボクは父さまが目を擦っていたのを見た。
父さまは皇帝陛下だから泣いたりしちゃいけないんだよ。
でもね、きっとあの時は嬉しくて泣いちゃったんだね。
「いただくよ、ユーリ」
「あら、カイル、全部食べなくても子ども達に・・・」
母さまが言っている間に、父さまはすごい勢いでケーキを口に押し込み始める。
ほんとうにすごい勢いなんだ。
あのね、アスランが丘を駆けた後に水を飲むでしょう?
アレくらいの速さなの。
あんまり急ぎすぎて父さまは喉に詰めることがあるみたい。
胸をどんどん叩いて、キックリが慌てて水を注ぐ。
「もう、カイルったら・・・」
母さまもあきれている。
「そんなに急いで食べなくても」
「あんまり美味しくてね」
父さまは口を一杯にしながら、そんなことを言う。
ボクたちは、そんな父さまをこっそり見ている。
「いいなあ、ピアも食べたい」
ピアが言う。
いつだったかピアがそばに行ってケーキを取ろうとすると、父さまは怖い顔をした。
「だめだ、ピア、これは父さまのだ」
「カイル、そんな怖い顔しなくても・・・」
母さまが言うと、父さまは頭を振った。
「バレンタイン・デイのケーキには特別の意味があるんだよ。お前の焼いたケーキを食べる権利があるのは私だけだ」
「カイルったら・・・」
母さまは困った顔をしながらも嬉しそうだった。
「兄さま、チョコレート・ケーキ食べたいよね?」
ベッドの中でピアが言う。
「うん、でも仕方ないよ、ボクたちまだ子どもだもん」
お前もけっこんしたらお嫁さんに作ってもらいなさい、と父さまは言った。
「でも、ピアは母さまのケーキが食べたいの」
まったく、ピアはわがままなんだから。
「兄さまだって食べたいでしょう?」
「そりゃあ・・・」
でも母さまは父さまだけのお嫁さんだしね。
「あのね」
ピアが耳元に口をくっつけてきた。
「ピア、お願いしたんだよ。父さまにはナイショ」
「ナイショって?」
「母さまにボクたちのケーキも作ってもらったの」
ボクは驚いた。
だって、父さまが知ったらすごく叱られるよ?
「だめだよ、ピア!」
「大丈夫、『バレンタイン・デイじゃない日のケーキ』だから!」
バレンタイン・デイじゃない日のケーキ?
「なにそれ?」
「だからね、『バレンタイン・デイのケーキ』は父さましか食べられないでしょう?」
「あ、そうか!!」
ボクは感心してしまった。ピアってこういうことには頭が働くなあ。
「もうすぐ母さまがこっそり持ってきてくれるからね」
「楽しみだな」
ボクたちはベッドの中でふふふと笑った。
だって、夢にまで見た母さまの『チョコレート・ケーキ』がいよいよ食べられるんだよ?
「どんな味だろうね?」
「そういえば、母さまの手作りのものって初めてだね!」
その時、ぱたんと、ドアが開いた。
「さあ、ふたりとも、お待たせ!」
母さまが大きな黒い固まりを抱えて立っている・・・・・。
続きは・・・・
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