本命チョコ

                by西洋菓子贈呈日翌日屋マリリンさん


「ピア・・・」
 僕を呼ぶ弱々しい声が聞こえたと思ったとたん、
「グェッ!」
 まったく窒息させる気か。
 声に似合わず、全体重をいっきにかけたとしか思えない勢いでマントが引かれた。
 僕に対してこんなことができる人間は、そう多くないはずだ。
 マントを引っ張り返し、呼吸を確保してから僕は振り向いた。

そこにいたのは、なんと・・・・
「いったいどうされたのですか。」
「ユーリが、ユーリが・・・・・」
 口をぱくぱくさせているのだが、動揺が激しく言葉にならない。
 ヒッタイト帝国の賢帝と言われているはずなのだが・・・・・こんな姿は誰にもみせられないな。
 ため息をつく。
『ユーリが・・・・』
 と言っているところをみると、どうやら母がらみのようだが。
「母上がどうかされましたか?」
 見れば、手には、チョコレートケーキがあるではないか。
 そう言えば今日はバレンタイン・ディだった。

「こ、これは」
 声がうわずる。
「父上、まさかこれを僕に食べろと?」


 忘れもしないあの記憶。
 父はいつも独り占めをして、僕たちには一回もわけてくれなかった。
 兄はそれに甘んじていたが、僕は我慢できず母にこっそりお願いをしてチョコレートケーキを作ってもらった。
 初めて食べられると思ったときのあの喜び、そして一口食べたときの絶望。
 母を悲しませたくなくて、なんとかケーキを口に運ぼうとしたがなかなかはかどらなかった。
 父の言いつけを聞かなくて後悔したことは何度もあるが、あの時ほど後悔したことは今までにないなあ。
 思い出しただけで、涙が出てきた。
 父が目を擦っているのをみたときは、そんなにも嬉しいのかと思ったが、あれはきっと・・・・・・・・・・

「ピア・・・・」
 父の声にはっと我に返った。
「このケーキを見てくれ。」
 間違いなく母の手作りのチョコレートケーキ、この色・この形。忘れようと思っても忘れられない。
「母上手作りのケーキですね。このケーキがどうかしましたか?」
「小さいのだ。」
「は?」
「去年のより、ずっと小さいのだ。」
「はあ・・」
 小さい方が食べるのは楽ではないのか?毎年ひたすら口に押し込む父の姿を思い浮かべる。
「今まで去年のより大きくなることはあっても、小さくなることはなかった。」
 声が震えている。
 喜びに震えている?のではなさそうだな。
 今にも倒れんばかりの様子の父に尋ねる。
「小さくなったら何か問題があるんですか?」
 僕には歓迎するべきことのように思えるんだが・・・・・
「もしかしたら、私に対する愛情がなくなったのかもしれない。きっと、そうだ。だから、小さくなったのだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ピア、私はどうしたらいいんだ?」
 マントが再び父に引き寄せられていく。逃がしてなるものかという父の気持ちの表れだろうか。
 さりげなくマントを父の手から引き離しながら、僕は言った。
「母上にお尋ねになったらいかがですか?」
「そんな恐ろしいことができると思うのかっ!」
 急に勢いが良くなったぞ。と思ったとたん
「もし、『そうなの、もうカイルへの愛情がなくなったの』なんて言われたら私は生きていけない。」
 そんな、泣きそうな声になられても・・・・・
「頼むピア、お前なら聞きにいけるだろう?ユーリのところへ行ってわけを聞いてきてくれ。」

「いやですよ。」
 そう言えたらどんなにいいだろう。どうせ、馬鹿馬鹿しい想いをするだけなのだから。
 しかし、ここで僕が拒否したらどうなるのだろう。
 そう思えば、渋々でも引き受けるしかなかった。

『とう様は、かあ様の一番大切な人』
 母の言葉を思い出す。
 そんな母が父に愛想を尽かすはずがないではないか。
 なのに、去年よりチョコレートケーキが小さくなっただけで動揺している。
 ヒッタイト帝国の存亡が母の手に、いや、いまやチョコレートケーキにかかっているなどと誰が思うだろう。
『今年のバレンタイン・ディは例年以上に重要な日になったな。』
 後宮への廊下を歩く撲の双肩にヒッタイト帝国の未来がかかっている。


                   おわり?

     

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