くのいちさんのチャットクイズ「15人目は誰だ!?」での正解リクは、「2巻くらいのはじめてカイルがユーリを意識するところ」です。


姫君


「ああ、キックリ、これはもう少し出しておくといい」
 貯蔵庫の目録を見ながら私が言うと、キックリは含み笑いをしながら頭を下げた。
「・・なんだ?」
「いえ、ユーリさまがお好きですからね」
「そうだ」
 私は憮然とキックリを見返す。
「あれは、すこし痩せていると思わないか?私の宮でろくに食べさせていないと思われても困る」
「そうですね」
 穴蔵から持ち出された瓶の蓋を持ち上げながら、キックリはうなずいた。
「もう少し年相応にふっくらされたほうが良いでしょうね」
 瓶の中からは甘い匂いが漂う。
 干したナツメを蜂蜜で漬け込んだ物。高価で贅沢な食品だが、私の宮にはふんだんにあった。
 小さくて痩せているユーリは、訳あって私の側室になった。
 ヒッタイト帝国第三皇子の側室ががりがりに痩せていては話にならない。
 なのにユーリは食が細い。パンもあまり口に合わないようだ。
 もう少しいろいろ食べさせないといけないな・・
 考えながら立ち上がる。
「そうだ、市に人を遣って、目新しい物を仕入れるといい」
 たとえば、杏の蜂蜜漬けもいいだろうし、魚もいいかもしれない。
「殿下、商人が参っておりますが」
 執事の報告に、私は立ち上がる。
「分かった、通せ」
「殿下が直にお会いになるので?」
「当然だ・・・この目で選ばないと不都合があるかもしれない」
 女の身の回りの品など、この宮にはない。
 執事に扱わせても良かったのだが、ユーリは標準サイズより幾分小さいようだ。 私が目を通して選んだ方が良いだろうし、なにしろ初めての側室だ。それ相応の格好をさせなくては。
「キックリ」
「はい?」
「女を宮に入れるというのは、なかなか手間取ることだな」
 私は、型破りな側室を思い浮かべながら、つぶやいた。


 高く透き通った声がする。
 ユーリが何ごとか話しているのだ。
 私は侍従の手から、ナツメの入った鉢を受け取ると、室内に踏み込んだ。
「あっ、カイルさま!」
 ティトが頭を下げる。
「・・皇子?」
 なにかじゃれていたらしいユーリが私を振り返った。
「どうした?」
 男の子のような短い服の裾から、棒のようにまっすぐな足が伸びている。
 その足を交互に動かしながら、ユーリが駆け寄ってくる。
「あのね、皇妃のことなんだけど・・」
「いま調べさせている。心配せずにこの宮にいればいい」
「だって・・」
 上目遣いに、頬を膨らませる。不満をこうもあからさまに表現する女は初めてだ。
「・・・姫君というのは大人しくしているものだぞ?」
「あたしは姫君じゃないよ」
 言うと、たしかに姫君らしからぬ素早い動作で椅子に登った。そのまま膝を抱える。
「だって、じっとしているのは性に合わないよ」
 そのまま膝の間に顔を伏せた。
 細い肩の線が、寄る辺ないユーリの立場を思い起こさせた。
 不安なのは当然だろう。
 こんな短い服で膝を抱えるのは行儀が悪いのだと、注意をしようかとも思ったが、かわりに私は片手に持った鉢を差し出した。
「ほら、好きだろう?食べるといい」
 前髪の間からじっと私を見たユーリはそろそろと指を伸ばしてナツメをつまんだ。
 口に金のナツメの粒が消えるのを待って、訊ねる。
「旨いか?」
「うん・・・」
 ユーリがうつむいた。小さな声でありがとう、と言った。
 突然私は、短い黒髪をくしゃくしゃにかき回したい気持ちになる。
 どうせ、怒りだすだろうから、手は出さないが。
 子ども扱いをすると、機嫌が悪くなる。
 放っておくと、危なっかしい。
 時々ひどく人恋しそうな顔をする。
 私の心遣いに敏感に反応する。 
「あたし・・帰れるよね?」
 不安が時々透かし見える。
「ああ」
 うつむいたままの肩を、ぽんと叩く。
 ことさらに明るい声を出す。
「衣装をそろえさせた。合わせてみるがいい」
 装うことに興味のない女はいないだろう。
 運び込まれる衣装箱を見て、ユーリの目が丸くなる。
「こんなにいっぱい?いいの?」
「あたりまえだ、お前は私の側室だぞ?」
 たとえ名のみでも、やはり皇子の宮としての体裁は整えないといけない。
 予想に反して、ユーリは顔を曇らせた。
「でも・・・悪いな」
「これくらい、どうというほどのものでもないさ」
「そうじゃないよ」
 ユーリが真剣な瞳で私を見る。
「悪いのはね・・・皇子の将来のお妃に・・」
 私の妃に?
「だって、皇子が選んでくれたのでしょう?そりゃ、あんまりみっともない格好もしてられないからだけど・・・でも本当に皇子に衣装を選んで貰うのは皇子のお妃だけなんだよ」
 ユーリの言葉に、私は将来のその時を思った。
 布の手触りを確かめながら、似合う衣装を探し出す。
「気にしなくていい。・・・妃にはまた衣装を誂えさせる」
「でも・・・」
「これはお前の髪に良くうつるはずだ」
 私は衣装箱から淡い色のドレスを持ち上げる。
 柔らかい布をユーリの肩にあてがう。
「似合うはずだ・・・私が見立てた」
 そう、小柄で細いユーリには軽やかな色がいい。
 商人の差し出した衣装の中から、私はユーリを思い浮かべてこの色を選んだ。
 明るい色の裾をフワリとひるがえすさまを思い描いた。
 駆け寄ったティトが歓声混じりにユーリに次々と衣装をあててゆく。
「綺麗ですよ、ユーリさま!・・さすがカイルさまですね!」
 ユーリは納得できないと頭を振った。
「ぜんぜん似合わないよ・・これじゃあ姫君が着る衣装だもん」
「おまえは姫君だよ」
 悪の手から皇子に助けを求めた。
 長いドレスの裾をつまんでゆるやかに微笑む姿。
 私の言葉に、ユーリの頬が赤く染まった。
「からかわないで!」
 黒い瞳がきらきらと私を見つめている。強い意志が視線となって私を貫く。
 その勝ち気な瞳の色に、見とれる。
 姫君は、ドレスの裾などからげて走り出すのだろうか?
「からかってなどいないよ」
 ユーリなら、きっとその姿も似合っている。
 ドレスを纏って飛び跳ねるお転婆な姫君。
 私の顔を見上げていた姫君は、やがてゆっくり視線を逸らした。
「着てみるけど・・・笑わないでね」
「笑うはずないだろう?」

 私の目には、もうドレス姿のユーリがはしゃぐ姿が映っている。    


                       おわり

     

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