まつさんからのリクエストは、「ユーリがカタパへ行って、一人寝してるカイル」(のような感じ)でした。

『残夢』

                       
 by 酔いどれバナナさんたち


 もうすぐ夏が終わる頃合にしては蒸し暑い夜だった。
 眠れなさに幾度も寝返りを打つ。
 いつもなら寝台に入るとすぐに睡魔に襲われるほど寝つきがいいのに、今夜眠れないのは、やはり側に慣れ親しんだ細い体がないためであろうか。

 ユーリのじゃじゃ馬振りは、嫌と言うほど判っていた。
 だからこそ、カタパの一件を耳に入れないように閉口令まで布いたのに、一体誰が漏らしたのか、やはり予想していた通りユーリは脱兎のごとく飛び出して行った。
「誰がユーリに偽イシュタルのことを伝えたんだ!!」
 カイルの怒鳴り声に、側近たちは縮みあがった。
 誰も、ラムセスがこっそりと忍び込んで来て、ユーリにその旨を話してしまったことを知らない。
「すぐに迎えに行く。馬を用意しろ」
「殿下! 少しお待ちくださいませ」
 ユーリのこととなると居ても立ってもいられなくなるカイルの性格は、すでに側近たちに知れ渡っていたが、だからと言ってその通りに次期皇太子確実の身で、無鉄砲に飛び出させるわけにはいかなかった。
「ユーリさまをお迎えに行くのはよろしゅうございますが、目下のところの雑用をお片付けになられてからでないと……殿下のご采配一つで貧窮する者もおりますゆえ、どうぞご自重くださいませ」
 いつもこうして憎まれ役を買って出るのはイル・バーニだった。
 イルに釘をさされれば、その言葉が道理に適っているために渋々ながら椅子に座りなおしたが、カイルはすぐにでもユーリを連れ戻したくてたまらなかった。
「・・・わかった・・・・・・」
 しかし、思い通りに動かせない自分の身体を忌々しく思う気持ちを、一緒に吐き出すかの様に、カイルは深い溜息と共にそう呟くしかなかった。

 すぐに片が付くと思われていた政務は、本来皇帝が執るべきものの他に、伝染病という緊急を要する仕事もあり、その上、近衛長官職も加えられ、身体が幾つあっても足りない程の多忙さを極めていた。
 それでも、真夜中をずいぶん過ぎた頃になると、誰もいない寝台に身体を放り出す。
 カイルとしては、ユーリを早く迎えに行く為ならば徹夜ぐらい幾らでも出来るのだが、昼間の気温によって体調を崩す事を恐れる側近たちによって、半ば無理矢理に睡眠を取らされていた。
 空の寝台を見ると、ユーリが居ない事を改めて認識させられ、心が休む事を拒否するが、身体はそれ以上に休息を求めていて、夢の世界へ引き込まれる。

 カイルが眠る事を渋っていた理由は、ユーリを早く迎えに行きたいだけではなかった。
 熱帯夜から始まった独り寝。
 それ以来、繰り返し何度も同じ夢を見る。
 きっと、今夜も見るのだろう。
 分っているが、それでも身体は言うことを聞かず、今日も身体はだんだん重くなっていく。

 漆黒の暗闇。
 自分の周りには、ただ、それが広がっているだけで、他には何もない。
 光のない世界でたった一人、誰かに会いたくて、何処ともなく歩き続ける。
 押しつぶされそうな不安がいよいよ爆発寸前になったころ、遠くのほうに一点の光が見えた。
 白く光るその方向に近づいてゆくと、やがて姿を現すのはどこかで見たような覚えのある大きな扉。
 そしてそっと押し開けると、中はやはり見覚えのある寝室になっている。
 室内はほのかな蝋燭の灯りに寝台の影が揺らめいていて、かすかに香の焚かれた匂いも漂っている。
 物音ひとつせず、人の気配すらなかったけれど、カイルは一瞬、寝台にかけられた天蓋が揺れるのが判った。
 吸い込まれるように天蓋をめくると、中の寝台の上に白いシーツに包まって、ユーリが心地よさそうに寝息を立てていた。
 ユーリは枕のひとつを愛しそうに抱き、かすかな寝息を立てて、胸から下のあたりからシーツに包まれていたが、すんなりと伸びた脚はシーツからはみだして重なっていた。
 なにも身に付けていないのか、まだ未熟な乳房が枕を抱く腕の隙間からのぞいて見える。
 カイルは、吸い寄せられるようにベッドに腰をかけてユーリの身体を起こし、そっと唇を重ねた。
 ゆっくり、その存在を確かめるように吸い寄せ、ユーリをあお向けに寝かせて、もう一度唇を重ねようと顔を近寄せたとき、カイルは我が目を疑った。
 光に照らされたベッドは再び暗闇に溶け、ユーリの姿はどこにもなかった。
 愕然としながら立ち上がってあたりを見回すが、なにも見えない。
 とにかくユーリを見つけなければ、と歩き出したとき、カイルは足元を急にさらわれたような感覚を覚えた。
 見ると、自分の足元に大きな渦が口を開けて渦巻いており、悲鳴をあげる間もなく、カイルは吸い込まれていった。


「――――――!!!!」
 カイルは、びくっと身体を大きく震わせて目を覚ましたものの、息は荒く、唾を上手く飲み込むこともできない。
「また・・・か・・・・・」
 毎夜、繰り返し見せられる夢・・・。
 上半身を起こし深く溜息をつくと、汗を拭う為に両手で顔を覆うが、寝ている間に手を握り締めていたのか掌はびっしょり汗をかいていた。

 カイルは掌を静かに見つめ、何度か手を握ったり開いたりするのを繰り返すうちに、正直、情けないという気になってきた。
 ユーリは自分のものではないのに、宮の奥に閉じ込めて自分だけの存在にしたいと思っている自分勝手さ。しかし、自分がどんなに願っても、あと半年もすればユーリはこの世界からいなくなってしまうのだ。
 それなのに、たった数日離れただけで毎夜あんな夢を見ている自分の弱さ。

 ユーリが日本に還った後、自分は一体どうなってしまうのか?
 想像がつかないし、したくもない。
 例え、歩みを止めることになろうとも、ユーリが側にいる「今」だけを守りたい・・・。

 ローブを羽織り、窓辺に歩み寄れば、新しい1日が始まろうとしている。
 カイルは踵を返すと、「今」を取り戻す為に扉を押し開いた。

 今日、カイルはようやく暗闇から解放される・・・・・・。




                   (おわり)

    

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