どんどんさんからのリクは、「ユーリがウガリットへ行って、一人寝してるカイル」(のような感じ・殴)でした
『幻夢』
by 酔いどれバナナさんたち
夏の日差しを避けるように、わたしとユーリは木陰に腰を据える。
会話は他愛のないものだけれども、目の前で浮かぶ微笑みに、こんな些細な事でも幸せを感じている自分がはっきりと判る。
世界には、ユーリとわたし、たった二人っきりしか存在していないような気がし、乾いた空気を吸い込むと、それだけ身体が軽くなるような感覚になる。
何故か急に心許無くなって、ユーリの頬にそっと手を伸ばし、その存在を確かめるとユーリもそれに自分の手を添えてその頬をすりよせてくる。
・・・・・・ユーリは、確かにここにいる。
まるで、幼子がその母親を求めたかのような自分に、思わず笑ってしまう。
こうして、ユーリはわたしの側で笑っているのだ。
一体、何を心配することがあるというのだろう。
そのまま手を滑らせ、その小さな身体を腕の中に引き寄せると、きっとユーリもその腕をわたしの身体に廻してくれるはずだ。
・・・しかし、何時まで経っても、ユーリはわたしを抱き締めようとはしない。
いや、ほんの一瞬でしかなかったのかもしれないが、それがわたしには苦痛なほど長く感じた。
それを拭い去るかの様に、力を込めてその感触を確かめる。
しかし、わたしの腕は虚しく空を切った。
ユーリは・・・・・・どこだ?!
周りを見渡しても、風になびく草原が広がるばかり・・・。
身体は熱いのに、震えが止まらず、胸が苦しくなる・・・・・・・・・ユーリ?!
落ちつけ・・・・・・最初から判っていたはず、これは夢だ。
これは、夢だ。
呼吸を整え、重い瞼を持ち上げようとする。
これを開けば、すぐにユーリが瞳に映る・・・。
目を開いたときの音が、聞こえたかと思った。
まさかそんな音が聞こえるはずはないが、見開いた目に映ったのは息をも潜めねばならないと思えるほどの静寂。そしてその先に広がるのは闇だった。
・・・夢、か・・・
判ってはいたが、改めて思い知らされる現実への空しさと、夢でよかったと思える安堵感。
しかし、ユーリの擦り寄った肌の感触も、抱きしめたときの体の温かさも、夢であったというのに生々しく残っている。
せめて夢の中でだけでも、ユーリを抱いていたいと願うのに、それすら神は許さないというのだろうか。
・・・もう幾晩、こんな夢を見て目が覚めたことだろう。
捕まえようとしては離れ、抱きしめては消えて・・・・・・
そのたびに募る不安。
この気持ちが晴れる方法は、ただひとつ。
ユーリの笑顔を見ることなのに・・・
ユーリをウガリットへ行かせるのは、本意からではなかった。
できるなら近衛長官などにだってさせたくはない。
ユーリと結ばれて、毎夜愛し合ってからますます募る思いがある。
夜事に募る、自分勝手とも言える思い。
――ユーリを後宮の奥深くに閉じ込めて、誰の目にも触れさせたくない。
わたしの我が侭だということは充分に判っている。
そんなことで胸を痛めながら、それでもユーリを皇妃に据えたいと切望している。
・・・こんなことを思うのも、一人寝の寂しさが見せた夢なのだろうか。
「はぁ・・・」
身体を起こし、サイドテーブルに置かれている水差しに手を伸ばして喉を潤すと、不自然なほど深い溜息が漏れ、それが部屋に響く事で他に誰もいない事を再びつきつけられる。
ユーリがハットゥサを発って、1週間が過ぎようとしている。できる限り早く後を追い、最後の軍営のためにハレブに着いたのが、太陽が地平線にかかる少し前のことだった。
明日は、夜も移動すれば早朝にはウガリットに着けるだろう。
しかし、まさか、ここ・・・ハレブのこの部屋で、一人寝をすることになろうとは、数ヶ月前のあの時からは思いもしなかった。
全てを手に入れたあの時、それは今でも変わりはない。
変わったのは、己の欲深さ。
最初はユーリを手に入れるだけで良かったのが、どんどん歯止めが効かなくなっていく。
自由に羽ばたいている姿を愛しているのに、その一方で、その瞳に映るのが私だけであって欲しいと思う気持ちは、最早「我が侭」というよりも、駄々をこねる幼子そのものだ。
自分が、いかに矛盾したことを考えているのかを認識させられ、冷ややかな笑いが込み上げる。
考えるべき事は他にいくらでもあるのに、気がつけばユーリのことだけを考えている。
不思議と、ユーリの身の安全についての心配はさほど沸いてこないが、ただ、1日でも早く顔を見たいと切望する。
ユーリとこんなにも長い間離れているのは、あれを手に入れてから初めてのこと。
しかし、たったこれだけで、こんなにも不安になるのなら、もしもユーリがいなくなったとしたら・・・考えたくないが、考えてしまう。
・・・もしもユーリがいなくなったら・・・
――パン
ものが砕ける音がして、はっと我にかえる。
見れば、サイドテーブルに置いたはずのカップが床に落ちたらしい。みごとに粉々になっている。
ユーリがいなくなることを考えるとは、わたしも情けなくなったものだ。
あれがわたしの側からいなくなるということはありえない。あるはずがない。
全ては夜の闇が見せた幻。
わたしの弱い心の隙を突いて入り込んだ悪夢。
明日も晴れるだろう。
やっと明日、ウガリットに着く。
ユーリが、待っている。
(おわり)
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