cage
by マドさん
もしも好きだと言われていたら、何かが少しでも変わっていただろうか?
狭い窓から日の光が微かに零れ落ちてる。
部屋の中はあまりにも質素で、自分がどこにいるのか時々本気で考えてしまう。
私は幽閉されたのだと、何度も再確認をしてるのに。
未練なんてないはずなのに、胸のどこかが燻る。
『わたしは皇位継承権を放棄します』
金色の髪の私の息子は、あの時どこまでも尊厳に満ちていて、皮肉なことにいままでのどの表情よりもたくましかった。
あの後、息子はたった一人で私のところへ来た。
そして問うた。
「母上、あなたが望んでいたものは本当は何だったのですか?」
揺るぎない目をした息子は、もう、一人の男だった。
望んでいたもの――――それは、至上の地位だったはずだった。
例えば、欲するものをすぐに手に入れられることや、使っても使い切れない程の召使い。
そういった類のものだったはずだ。
もしも私の息子が皇統を継げば、それは永遠に続くはずだった。
そう、こんなみすぼらしい部屋ではなく後宮の最も良い皇妃の部屋、そして、自分専用の宮。
何故、こうなってしまったのか?
『本当に望んでいたものはなんだったのですか?』
あの日の息子の目は、何処までも澄み切っていた。
本当にこれが私と先々帝の子供だろうか?
この目は、いつまでたっても汚れを知らない子供のようだ。
たった一人の息子の、汚れを知らないこの目が私は何よりも好きだった。
私も嫁いできたばかりの頃は、こんな目をしていたのだろうか?
鳥が、高らかな声で飛んでいる。
嫁いできたころは何もかもが珍しく、そして何もかもが色褪せていた。
世界は淡く、皇帝の寝所へと続く道のりが私の人生全てのような気がしていた。
その頃の私はまだ15で、恋も知らずに見知らぬ土地へと売られた「奴隷」だった。
子供をもうけることだけに嫁がされた、奴隷。
子供など、欲しくはなかったのに。
父親ほどの年の離れた皇帝の腕の中で、何もかもが苦痛だったあの頃。
いつも、逃げ出すことを考えていた。
王宮で宴があった日のことだ。
「いつ」かは正確には思い出せないが、側室になったばかりの頃だった。
自分が側室の中でも、低い身分のあつまるその場所に座らせられるのだと分かった途端に、身体が駆け出していた。
理由など本当はどうでもよくて、ただ逃げたかっただけだったのかもしれない。
走って、走って、悔しくて涙が頬を伝った。
誰にもこんな顔は見られたくなかった。
見せてはいけなかった。
私は、貴族の娘ではなく、王族の娘だったのだから。
見知らぬ道を駆け、目的もなく逃げる。
目の前の草むらを書き分けたら、小さな泉に出た。それは、粗末な出来損ないの溜まりにも見えた。
その中で驚いて振り返ったのは、金色の髪の少年。
瞬間、世界が急速に色付き始めた。
少年が私を見つめ、私も少年を見つめる。
たった一瞬の出来事のはずなのに、どうして今でもこんなにも鮮やかなのだろうか?
彼の名前を知ったのは、身分が分かった一週間後のことだった。
そして、名前を知った二ヶ月後、私はありったけの宝石を掻き集めて、彼に言った。
『私を連れて逃げて』・・・と。
結果は、どうでもよかった。
そのことよりも聞かされた事実の方が大きくて、私は部屋で嫁いできて始めて声を出して泣いた。
彼と会うのはいつも皇帝の寝所へと続く、廊下だった。
皇帝の寝所へと向かう廊下でしか、会えなかったと言っても良い。
だから私は、皇帝の元に好んで出向いた。
化粧をされ、好きでもない男の為に作り笑いを強いられる。
その全てを受け入れて、好きな男の前を他の男に抱かれる為に着飾って歩いた。
滑稽だけれど、それしか方法はなかったのだ。精一杯の、逢瀬だった。
私達はどこかが似ていた。
羽を奪われ、篭の中に閉じ込められる鳥のようで、それでいていつも大空を求めていた。
そんな儚い希望が似ていて、だからこそ惹かれあったのだろう。
私達は羽の切られた鳥であったからこそ、出会えた。
もしも会えなかったら・・・という可能性などいらない。
私達は出会い、恋に落ち、そして別れた。ふれあいも、ぬくもりもなく。
それだけが真実だ。
皇帝の子供はいらないと思いながら、お前の子供は欲しいと思った。
――――――――それも真実であるけれど。
息子が生まれた瞬間、間違いなく先々帝の子だったのに、その髪の色を見てお前の子供を産んだ気がした。
懐妊した時は、頭の片隅に流れてしまえばいいという考えすら浮かんだのに。
産んだ子供は、見たこともないお前の幼い頃を私に連想させた。
いとおしいと・・・思った。
全てを投げ打ってでも、至上の存在に。何もかも妥協させることのない地位に就けたいと思った。
過去の私や、彼のように諦めることなどしなくてもよい最高の地位に。
『本当に望んでいたものは何だったのですか?』
どこで間違ってしまったのか。
皇妃になってすぐにお前を傍に置き、自分だけの宮を建てさせた。
皇子も生まれ、贅沢な暮らしもした。
なのに、いつも心の奥底で飢え切った何かがある。
決して満たされない穴のような。
それはきっと・・・お前のせいだ。
誰にも言わなかった、たった一つの秘密。
お前が、死んでから気付いた。
そして後戻りが出来なくなってから、確信した。
たった一つの本当の気持ち。望んでいたもの。
たった、一度でいいから、触れてほしかった。一緒に、いたかった。
それだけだった筈なのに。
そんなことにも気付かずに、穴の原因を必死にさがしていたなんて私は本当に愚かだ。
もしも、お前に好きだと言われていたら、私はあの息子のような、そして、あの黒髪の少女のような目をすることができただろうか?
お前ともっと一緒にいられただろうか?
答えは、どこにも見つからない。
だから、私は考え続ける。
新皇妃の誕生の歓声の中で、狭い窓から大空を見つめながら。
羽根を切られた、鳥のように。
(終わり)
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