HoneyMoon



 丘の上に駆け上がると、眼下にいくつもの荷駄を積んだ馬車が陣形を作っているのが見えた。
 ハレブを早朝に立って夕刻、どうやら野営の準備に入ったらしい。
 アスランが、はやるように蹄を掻いた。その首を軽くたたく。
「走りたいのは分かるけどね、そろそろ帰らないと」
 考えてみれば、ここ数日アスランを走らせていない。一緒に風を切りたいのは、あたしも同じだ。だけど。
「ユーリさま!!」
 ハディの声がした。見れば、馬を駆りながら身を乗り出している。
 そんなに、息せき切って探さなくても。
「ここにおられましたか!陛下がおさがしです」
「カイルが?」
 アスランと走ってくる、って言ったんだけど。あのときカイルはイル・バーニに捕まっていて、もの言いたげに視線をよこした。
 それを、さっさと出てきたせいかな?
 だってね、カイルがイルに捕まっている理由というのが、数日仕事を放っておいたからで、その原因は多分あたしにある。だけど、いたたまれないというか・・・
 あたしは、ハレブでカイルと結ばれた。
 そのときは、なにがなんだか分からなくて、夢中で時を過ごしているうちに、世間では4日も時が経っていた。それだけじゃない。
 カイルは、ハットウサに向けて出発の準備に軍を整える間、毎晩一緒に夜を過ごしてくれた。だから、あたしはハディ達と顔を合わせる以外は、なんとなく人前に出なかった。
 あたしの軍の前にも。カイルなら人数の減った自軍と、あたしの軍を編成し直して帰路のための準備するだろうと思っていたから。
 それにやっぱり、慣れないコトをしていたので、ひどくおっくうだったし。
 気がつけば、出立の日で、見送りに来たテリピヌ殿下が、『イシュタルさまはよく休まれましたか?』とにこやかに訊ねた。『ここ数日お姿を見かけないのでどうされているかと思いました』
 カイルがあたしの肩に手を置いて『このとおり、元気です』と応えた。テリピヌ殿下はますますにこやかになった。あたしは赤くなった。
 つまり、そう思われていたのだ。しかも、事実だった。
 あたしとカイルが4日間を過ごしていたあいだ、カイルがいくつかの命令を適当に下して、いそいそと部屋に引き上げてから。何をしているか。
 周囲はみんな知っていた。
 知っているから、にこにこしている。
 なのに、カイルは戦車の上で平然とあたしの身体に腕をまわしてくる。
 くっつくのは嫌いじゃないけど、周囲の視線がどうにも苦手だった。
 イルが話しかけてきたとき、カイルの側を離れたのは、かなり恥ずかしかったからだ。
 その時だって、カイルはあたしの額に唇を押しあてているところだった。
 すごく、恥ずかしい。火照った頬を風で鎮めたかった。
 思いっきりアスランを走らせて、風に身体をなぶらせながら、やっと熱が鎮まるのを感じた。
 でもね、やっぱりカイルの側にいたい。アスランと走るのもいいけど。
 なんだか、少し肌寒い気がするから。
「ユーリ!!」
 声がした。
「まあ、陛下ですわ。ご自身で探しにこられたのね」
 ハディが言った。みれば。芦毛の馬が一頭、丘を上がってくる。
 手綱を握るのは、当然カイルだ。
 カイルは、髪をなびかせながら、あっという間にやってきて、ひらりと飛び降りた。
「ここにいたのか、探したぞ」
 あたしをアスランの上から抱き下ろす。
「ちょっと、走りたかったから」
「あまり私から離れるな」
 ぎゅうっと抱きしめられる。ハディが頭を下げて、馬首を返すのが見えた。気を利かせてくれたんだね。
 当然、あたし達は二人きりになる。
 夕闇が、濃くなっている。だから、他人に見られる心配はない。
 あたしも、カイルの首に腕をまわした。ふんわり暖かみが伝わってくる。
「うん、ごめんね」
「今夜はここで野営だ」
 カイルは、丘の下を指した。夕食の支度の炎が、いくつも揺れていた。炎は暖かそうで、胸の中になにかが灯る気がする。
「あんまり進んでないのに・・・」
「ゆっくり帰ってもいいだろう?急ぐ必要があるのか?」
 カイルがあたしの瞳をのぞきこむ。カイルの目の中にも、小さな炎が揺れている気がした。目が離せない。
「・・・ないけど」
 急いで帰っても、日本に帰るための泉はない。それに、あたしの帰るところはカイルのいるところだもの。
 もう、他に帰る場所はないの。
 すこしだけ、うつむいた。
「ごらん、月が金色をしている」
 カイルが優しい目をして、こんどは空を指した。
 紫色をした中空に、ひっかき傷のような月が浮かぶ。
 日ごとに細くなっていた月は、いつのまにか新月を迎え、今はまた満ちていこうとしている。細い金の細工のような月。
 まるで、指輪の半分みたい。ハットウサに戻るころには、丸い姿を取り戻すだろうか。
 あの金色は、甘い蜂蜜と同じ色をしている。
「あの色・・・ハネムーンだね」
「ハネムーン?」
 二人きりでハネムーンを見上げながら。風の中で、カイルのぬくもりを感じる。
「あのね、蜂蜜色した月のこと。それからね、結婚した二人が一緒に旅行すること。新婚旅行のことだよ」
 あたしは、カイルと結婚した訳じゃないけど、これから一緒に生きていくって決めたんだもの。これは、二人のハネムーンだ。
 歓声に見送られて、互いを見つめながら。これからどこに行くのだろう?
「蜜のように甘い月?」
 カイルは面白そうに言った。
「今の気分にぴったりだな」
 それから、唇が降りてくる。あたしは、それを受けながら考える。
 きっと、戻ればいろんなことが待ち受けているのだろう。国のこと、皇太后のこと。カイルが迎えなければならない御正妃のこと。
 だから、今の時を大切にしよう。
 ハネムーンだから、しかたないよね?多少いちゃいちゃしても、まわりのみんなは許してくれるだろう。
 明日は、ずっとカイルの側にいよう。人生に一度きりのハネムーンだもん。


                おわり    

       

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